副社長は甘くて強引
副社長がタブレットに指をすべらせている間にシートベルトを締める。すると車が静かに発進した。運転するのは秘書の中林さんだ。
車内に沈黙が流れる。手持ちぶさたの私の脳裏に浮かぶのは昨日の出来事。女性をエスコートしていた副社長はとてもスマートだったし、彼女も綺麗だった。
私、ふたりのことをまだ気にしている……。
不可解な自分の気持ちに悩んでいると、副社長が声をあげた。
「よし、終わった」
「お疲れさまです」
副社長はタブレットをビジネスバッグにしまう。
「キミに話したいことだが……。ん? どうした? 元気ないな」
「えっ?」
風邪は引いてないし、食欲もある。自分ではいつもとなにも変わっていないつもりだ。
「なにか気がかりなことでもあるのかな?」
〝気がかりなこと〟と言われた私が思いついたのは、副社長と彼女の関係。
顔に出てしまうほど気になるのなら、思いきって聞いてみよう。
そう決意した私は、燻り続けている胸の内を吐き出した。
「昨日、一緒にいた女性、とても綺麗な方ですね」
「そうだな。たしかに由実さんは綺麗な女性だ」
彼女、由実さんっていうんだ……。
副社長の口から由実さんを褒める言葉がこぼれた途端、胸がズキンと痛む。どうして由実さんのことが気になるのかわからない。