副社長は甘くて強引

 その固定客の多くは大手企業の役員の奥様や女社長、社長令嬢など、いわゆる富裕層と呼ばれる人々だ。

 佐川が「おすすめしたいジュエリーがある」と、ひと言告げれば、すぐにショップに駆けつけて購入してくれるだろう。

 同期で、しかも上顧客がついている佐川に気持ちの込もった「おめでとう」なんて言えない。私は佐川に嫉妬しているのだ。

 惨めな気持ちでいっぱいになる。早くひとりになりたい……。

 佐川をこの場から追い出す口実を必死に探す。

「こんなところでサボっているのをチーフに見つかったら怒られるよ」

「そうだな。そろそろショップに戻るよ。じゃあ、続きがんばって」

「うん」

 佐川がミーティングルームのドアに向かう。

 私を励ましてくれた佐川に嫉妬し、チーフを悪者にしてしまった。ああ、自己嫌悪。

 デスクの上に上半身を投げ出す。ダイレクトメールはあと二十通も残っている。

 もう、やりたくないな……。ため息を吐き出すと、頭の上から佐川の声が降ってきた。

「あのさ、大橋」

「な、なに?」

 佐川はもうとっくにミーティングルームから出ていったと思っていた。慌てて体を起す。

「今日、仕事が終わったら、飲みに行かない?」

「別にいいけど」

 佐川とは同期だけれど、今までふたりきりで飲みに行ったことは一度もない。

 誘ってくるなんて珍しいこともあるもんだ。

 コクリとうなずくと、佐川が「ヨッシッ!」とガッツポーズをした。

 そんなにお酒が飲みたかったんだ。

 今度こそ本当にミーティングルームから出ていった佐川のうしろ姿を見つめながら、そんなことを思った。

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