副社長は甘くて強引

 忙(せわ)しなくモグモグと口を動かしていると、佐川が唐突なことを言い出した。

「ああ……。のんびり温泉に浸かりたいなぁ」

「うん。そうだね」

 佐川の意見に即座に同意する。

 湯気が立ち昇った温泉に浸かれば、冷えた体が瞬く間に温まる。ポチャンと波立つ音の先に見えるのは、やわらかな笑みを浮かべる副社長の顔。彼のしなやかな指先が湯の中にある私の体をすべっていき、そして……。

「大橋? 聞いてる?」

「えっ?」

 佐川に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。

「ボーとしているとは思ったけれど、やっぱり俺の話聞いてなかったんだ」

「ゴメン」

 会社の社員食堂で淫(みだ)らなことを考えていましたなんて、口が裂けても言えない。しかも一緒に温泉に入っていた相手が副社長だなんて……。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「年が明けたら休みを合わせて一緒に温泉行こうかって、大橋に聞いたんだけど」

 温泉の話を続けたら、また変なことを考えてしまうかもしれない。

「温泉はパスしておく……」

「そうか。わかった」

 佐川の誘いを断ると、目の前のオムライスを食べることに集中した。

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