副社長は甘くて強引
こんな時間に車がくるとは思ってもみなかったのは、私だけじゃなかったようだ。ハッと我に返った佐川の唇が離れ、掴まれていた手首が解放される。その隙に佐川から距離を取った私は、ヘッドライトのまぶしさに目を細めた。しかし新たな衝撃に襲われる。
私たちの近くを通り過ぎたのは、黒塗りの社用車。ハンドルを握っているのは副社長の秘書である中林さん。そして後部座席には副社長の姿があった。
佐川とキスしているところを見られた?
好きでもない人に無理やりキスされ、しかもその場面を好きな人に目撃されてしまった。これ以上ない絶望感にさいなまれた私は、地下駐車場から逃げだす。
「大橋!」
「……」
私を呼ぶ佐川の声を無視しつつ、バッグヤードに続く階段を駆け上がる。
「待てよ、大橋!」
それでもすぐに佐川に追いつかれ、またも手首を掴まれてしまった。佐川の体温を感じた瞬間、強引にキスされた恐怖がよみがえる。
「離して!」
声をあげて、佐川を拒否する。
「ゴメン」
謝罪の言葉とともに、私の手首を掴んでいた佐川の手が離れていった。それでも佐川に対する不信感を拭い去ることなどできないし、副社長にキスを目撃されてしまったショックから立ち直ることができない。
「副社長に見られた。また誤解された。もう……嫌だよ」
大粒の涙が頬を伝う。
「……悪かったよ。大事にするって言ったのに、俺、大橋を傷つけた。ゴメンな」
「……」
佐川が心から反省をして謝ってくれているとわかっても、簡単には気持ちの整理がつかない。
もうなにもかも嫌になった私はエレベーターに飛び乗ると、ロッカールームに向かった。