緋女 ~前編~
本当に憎い相手。
でも、彼女が悪いわけじゃないのは分かってた。
どちらかと言えば同じ被害者なのも。
何も知らない彼女が腹立たしかったのは、憎いからだけじゃない。
俺は羨ましかったのだ。同じ被害者はずなのに血濡れた道を知らない彼女が。
それに恥ずかしかった。諦めるべきものを諦めきれてない自分が。
「___ケイ」
彼女がうつむいた。だからその表情は分からない。
でも俺は分からなくていい。
俺はどんなに羨ましくても、恥ずかしくてもあの座を奪いにいくのだ。
彼女を踏み台にしても。
「そういうことは無表情に言わないのよ」
笑いながら彼女はそう責めるように言う。
でも、
「___俺の笑顔は高くつくのわかって言ってるのか?」
最後に裏切られるのはお前だぞ?
俺が彼女に対して与えたたぶん最初で最後の選択肢。
だが、言葉なきそのうち問いに彼女は何も知らずに分かったような口調で言うのだ。
「自惚れすぎ」
「そうか」
彼女が言うならそうなんだろう。
彼女が顔をあげて笑うから、俺もこの一瞬だけはそうであることを祈ってやる気になった。
今日初めて彼女の瞳をまともに見れた気がする。
自然と口角が上がったことに気付きもしない俺を、彼女は何やら口の中でもごもご文句を言った。
たったひとつ聞き取れたのは、
「本当に高くつく」
それだけ。
自分の言ったことを思い出しもしないほど清々しい気持ちの俺は、ただ首をかしげた。
「何がですか?」
「………うるさいっ。早く行こう‼ ___ほら、ケイ?」
手を自分から差し出した彼女。
手をとりたいのは山々だがそれは無理な相談だ。
「なんのために朝早く歩いたと思ってるんですか?」
その言葉に彼女は行き場を無くした手を慌てて隠す。
「それもそうね」
まあこの時の俺は、
色んな意味で彼女を妹くらいに想うことが出来ていた。