緋女 ~前編~
彼女の瞳に哀れな俺が映ってる。
それさえ苛立ちしか生まない。
「なんで___」
その時だった。
更なる言葉を重ねようとして、俺の口を彼女はその手でふさいだ。
「駄目だよ、それ以上言ったら」
哀しそうに垂れた困った眉。
薄く笑う唇。
真剣な瞳。
「なっ………」
「苦しくなるから」
その静かな言葉がなぜか突然ストンと俺に落ちた。
どんなことを俺にされても最後には彼女は笑う。なんでだろうと思ってた。
その理由は簡単だった。
彼女は俺ほどは苦しくなかったんだ。
「他人と比べればそれだけ苦しくなるんだよ?」
ああきっと彼女の言うようにそうだったんだ。
あの馬鹿が王座に座って、その脇に控えた俺。比べればそれが苦しくて。
無能な王子と俺を比べればそれだってやるせなさに苦しかった。
彼女はこの世界から一旦消えたのに還ってみたらもう俺と同じ場所にいて、それが妙に虚しくて苦しい。
「自分は自分でしかないのに、それを認めてあげないから苦しいの」
もう俺が抵抗しないと見たのか、昨日と同じく俺の頬を撫でるように包む。
その瞬間、彼女に負けたような気がした。
彼女は知ってる。
俺を支配している感情全て。
それを御せる方法も。
それが意味するのは、
俺だけが血濡れた道を歩んでいたわけじゃなく、彼女も俺の気持ちを解ってしまうほどの道を歩んでいたということ。
俺に都合の悪い真実。
だから、ほら___
「与えられた場所で生きなさい」
彼女が女神のように微笑む。
「その先に貴方が見たいものがあって、私がいらないと言うなら殺せばいいわ」
“でもね”
「貴方が嘘でも私を必要だと言うなら利用されてもいい」
そうやって、俺の全てを解っていながら欲しい言葉をくれる。
その優しさが何からくるのか、俺にはさっぱり分からない。
だが、ひとつ分かるのは彼女がどうしようもない馬鹿な俺の女神だということだ。
妹失格、兄失格。
この時から彼女は女神に、俺はその利用者に昇格、いや成り下がった。
でも、あくまでもそれはつもりだったのかもしれない。