緋女 ~前編~
「うわっ、高っ。落ちる………!」
彼女が叫ぶのを俺は後ろで聞いていた。強い風圧は確かにペガサスの比ではないほどのスピードを意味している。
だが、俺はさっきまでの一連のことが頭をぐるぐるまわって、おかしな話だがそれどころじゃなかった。
「ケイっ、城どっち?」
そう問われたことにも気づかずにいると、彼女の腰にまわしていた腕をつねられる。
「城ってどっちの方向?」
思ったより容赦のない彼女のつねりは、この時だけ俺を現実に引き戻した。
「もう少しあちらかと」
彼女につねられた片腕を伸ばして言えば、彼女にその手を捕らえられた。
「危ないでしょ」
そっけない言葉に含まれる彼女の理解しがたい優しさが、また俺に突き刺さる。走る心臓に俺は腕を素早く戻した。
そして俺はその感情が何かと考えずにまた無視をした。
だがここでひとつ断言することがある。
彼女は間違えなく非女
___否、深非の君の娘だ。
あの人が彼女の母親に最期をあげたのも、今ならうなずける。
彼女にもそれは受け継がれていた。
もう覚えてもいないあの日以前に何度か会ったはずの深非の君。
それとおぼろげに重なる彼女のシルエット。
その瞳の色。白銀の髪。
歴史は繰り返す。
その通りなのかもしれない。
だが、それが運命の定めだとしても俺は彼女に堕ちるわけにはいかなかった。
気持ちはとうに決まってる。彼女もそれでいいという。
だから俺は
女神を奈落に突き落としても、俺だけはあの頂点へ這い上がるのだ。
「あっ、城だ」
彼女が声をあげると共にまた現実に引き戻された俺は、またいつも通り無表情を作った。
彼女といて楽しいとか、苦しいとか。
そんなことまるでなかったことにして、彼女に触るにはもう少し時間がかかる。
いい機会だから、少し彼女と離れよう。
言い訳くらいはある。
彼女を取られない自信もあった。
勿論、王子のこともあるし、このままではいけない。
だが今日はまだ終わらない。
「___忘れられない夜にしてやるよ」
強い風に消える呟き。
抱きしめた女神はやっと着いたとのんきに喜んでいる。
しかし、俺はもう迷わない。
今夜彼女を落とす。
彼女と距離を置くのに、それは外せない項目だった。