緋女 ~前編~
彼女と広い芝生に降り立った。影が彼女とひとつになる。
「あー、もう完全日暮れてるよ。………もう王子いないかな」
開口の一声はため息混じり。
その言葉に下心ありの台詞を俺は吐いた。
「そうですね、わたくしなら待ってませんね」
だがそうは言いつつ、俺はあいつなら永遠に彼女が来るまであの庭の椅子に座っている気がした。
だから俺はだめ押しで付け足す。
「無駄足になりそうですし、このまま部屋に戻られてはいかがですか?」
「まあ、一応確認して帰っても遅くはないでしょう?」
なかなかに手強い彼女。
俺があいつに優しいと言い張るが、彼女の方があいつに心を砕いている気がして、なんだかむかつく。
心のうち苛立ちつつ、それでも丁寧に彼女に言いつのった。
「その格好ではどちらにせよ会わせられませんよ。一旦戻りましょう」
だが、その俺の言葉を遮るかのように迷いなく彼女は言った。
「格好は別にいい」
一刀両断されたにも関わらず俺は食い下がった。
「レヴィア様が良くても、王子は良く思いませんよ」
「まあ、良くは思わないだろうけど___」
彼女がその先に続く言葉を紡ぐ前に俺は肯定した。
「はい」
しまった。
そう思った時にはもう遅い。
「ねえケイ………王子と会いたくないわけ?」
核心をつくような言い方。
「___決してそのようなことは」
絡み合う視線、外したら負け。
どれだけ見つめ合っただろう。長い間の後に彼女はやっと言った。
「そう。ならいいけど」
彼女は瞬きもせず俺を見据えた。
「王子は私の格好を良いとは思わないだろうけど、悪いとも思わないから」
今、彼女に嘘をついたら、この下心も言動の根元にある感情も全て、その緋の瞳に映し出されてしまいそうだった。
「ほら、行きましょう?」
もし俺が正直に言っていれば、彼女は行かないと言ったのだろうか。
その自問自答の末、俺が結局たどり着いたのは
たぶん、言っただろう
ということだった。
でも俺は全部を彼女に話すにはプライドが高すぎた。
利用するのはあくまで名前だけであって、彼女の優しさにつけこんだり、利用することは俺の人生に反している。そう思えた。
まだ少し残る余裕が彼女をとことん利用するという考えを否定していた。