緋女 ~前編~

「いた………」

彼女の瞳は暗い庭にあるひとつの人影。

どうすればいい?

引き留めて、彼女を利用するためという名目で、この誤魔化しきれない感情に流されるまま、メチャクチャにしてしまえばいいのか?

たとえそうしても、彼女は次の朝には同じ笑顔を浮かべるだろう。

いいじゃないか。それで。

なのに

「ねえ、ケイ。友達っていいもの?」

走るようにしてここまで来た彼女は足を止めて、ぽつりとそんなことを俺にきく。

その淋しい背。

そんなものない方がいいとか、俺だけでいいだろとかそんなこと言えるはずがなかった。


彼女は本気の答えを求めてる。



「___いいものですよ。友達だと思えた時は」



口にした思ってもない模範解答。

でも、彼女がひとつずつこの世界に絶望していくのを見たくなかった。

だから、彼女にこの言葉を贈る。


「独りじゃないと、そう思えますから」


孤独感。



それが自分の世界に絶望していく気持ちの正体。



俺には友達はいなかった。ずっと、孤独だった。

だからなのかな、とも時々思う。

言い訳じゃないけど、俺がかつての場所に戻ろうと願うのも。

でも、
正直誰かに好かれるように努力したことなんて、一度もない。努力しても手にはいらないのが怖かった。努力しても孤独という可能性が一ミリでもあれば無理だ、俺は。

そしてこんなにも臆病な自分が認められない。



でも、彼女は違うんだろう?


失うことが誰よりも怖いはずの彼女が、誰かにまた手を伸ばすのはそういうことだ。

「そっか」

彼女が一瞬だけこちらを返り見る。



「じゃあ、ケイも私の友達だね」



「___はっ?」

彼女の微笑みに流されてしまいそうになったが、理解が追い付いてその背に聞き返す。

「だって、今日私が森で倒れて目覚めた時にケイがいたから、私独りじゃないって思ったの」



女神が足の動かし方を忘れた俺から遠ざかる。



「だから、私はケイのこと友達って思ってるんだよ」



確かに彼女はそうなのかもしれない。



だが俺はっ、俺は。



___彼女の遠ざかる背中に長いこと忘れていた孤独を感じてるんだよ。

孤独。

それは世界に一人であれば成立しない。

二人だから独りが成立するんだということに初めて気がつく。



「じゃあ、王子が待ってるから行くね」

彼女があいつへと再び駆けていく。

俺の何かが欠けていく。



「待てよ、俺の友達なら。………一方通行とかあり得ないし」


しかし、その言葉は小さすぎて彼女には届かない。
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