緋女 ~前編~

「なんで……?」

口から出たのはそんな言葉だった。

「なんでって、待っててくれたの王子でしょ。それに……友達の約束破らないわ」

「ケイは?」

「だから、中で待ってる」

「キスは?」

「私のことなんだと思ってるの。するわけないでしょ」

まだ、信じがたかった僕は椅子から立って、レヴィアを抱きしめた。

「本物だ………」

その言葉に彼女が動揺したのが分かった。

「王子っ、服汚れる」

でも、そんなことは構わない。彼女の匂いを吸い込む。落ち着くような少しだけ甘い匂い。



「もう来ないかと思った」



気がつけばそんなことを口にしていた。

彼女のことを信用していないという台詞を平気で吐いたことにしばらくして思い立つ。

「あっ、ごめん。来てくれたのに」

いそいそと彼女の腰に回した腕を引っ込める。

その後にも何か言葉を続けるべきだと思ったが、あいにく何も浮かばない。

「ねえ、王子」

しばらく沈黙していた彼女が僕を真っ直ぐ見つめた。


「お父さん、お母さんとうまくいってる?」


その予想もしなかった言葉に僕は固い声しか出せなかった。


「__なんで?」

その返答に彼女も困ったような顔をする。本当はそんな顔させたいわけじゃなかったのに。

沈黙が耐えきれなくなった僕が謝ろうとしたその時だった。

「私が一番大切だったのは、母なの」

彼女は突然語りだした。

「母以外の評価なんてどうでもよくて、母に気に入られたくて必死だった」

思い出すような彼女の瞳に浮かぶ光るものに、僕は声を発することができない。

「王子もさ、親の評価ってすごく気にするタイプだと思うの。私も同じだから分かる」

彼女のことが見てられなくて上を向く僕は、そこに広がる綺麗な星空にはじめて気がついた。

「だから、もっと広い世界を見て。王子を高く買ってくれる人は必ずいるから。___私だけだと思っちゃ駄目」

彼女もそしてこらえるように上を向くのが視界の隅でも分かった。

「綺麗な星ね」

「うん」

「私たちから見ると星と星とが近く見えるのに、実際はすごく遠い」

「うん。………第三者には分からない距離だね」
 
「でも、本人たちも遠いってことしか分からないんじゃないかしら。誰かよりは近いとか、そういうことはあんまり分かってない」

「確かにそうかも………」

星のことなのか、僕たちのことなのかと言えば後者。



「どうしたら距離が分かるのかな」



彼女の独白に僕はどうしようもなく彼女を抱き締めて、頭を撫でて、背中を叩いてあげたい衝動にかられた。

でも、できない。

それほどの勇気はない。

代わりに僕なりの答えを必死で探した。

でも、僕にはそんなの分からない。今更だが分かってたら苦労しないのだ。

「___今日はもう帰ろうか」

彼女が不意にそう言った。



どうしたら、この時間を止められたのだろう?



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