緋女 ~前編~
「レヴィア、僕は君の足枷になりたくない」
これは半分が本当でもう半分は嘘。
足枷にになりたくないっていうか、彼女と共にこの先を行く自信がない。
後になって無理でしたというよりは、最初にできないと言った方がまし。
あの時は国王に言えなかったが、今彼女には言えた。
「アシカセって……私、王子をそんな風に思ったことない。ねえ、私だって結婚のこととかそんな考えてないよ。実感ないし。王子が結婚嫌になったって話なら別に全然構わないけど、………違うんでしょう?」
「どうかな、嫌になったのかも」
今彼女と目を合わせたら確実にバレるだろう心を封じ込めて絞り出したその言葉。
「何それ……」
怒りとやるせなさの固まりみたいな声。うつむいて言ったそれは地を這うような響きだった。
「臆病な王子様。どうして努力の方向がいつも違うの?」
“私とまるで同じね”
彼女がそう呟く。
彼女が顔を上げ、気を取り直したかのように呆気に取られた僕を真っ直ぐ見た。
その燃える緋色の瞳に僕は囚われる。
「ねえ、王子ってあだ名ある?ないなら私がつけるけど」
「えっ、あだ名?」
「そう。まあ、ないわよね」
突然の問いに、僕はさっきまで真剣な話をしてたことをまるですっ飛ばした彼女を睨んだ。
「なに? 王子の言いたいことはあれで全部じゃないの?」
「そうだけど___」
もっと違う答えが返ると思っていた。
しかし、その言葉を遮るように彼女は言った。
「なら、いいじゃない。私も言いたいこと言ったし。こんなボロくそに本音言えるのも王子だけよ?」
その言葉に僕は瞠目する。
彼女は分かって言っているのだろうか?
それを人は特別と言う。
僕は今彼女の特別になった。少なくとも僕はそう自惚れる。
星と星との距離はやはり誰にも分からない。だが、近づいたとか遠くなったとかは感じるんじゃないか。
ならば、その感覚を慎重に確かめながら距離を縮めていくことは可能なのだろうか?
今からでも、彼女の一番を目指すことは可能なのだろうか?
「変な顔。心配?」
彼女がそんなことを言うからこの胸のうちがバレたのかと思ったが、彼女はこう続けた。
「まあ、ネーミングセンスないのは証明済みなんだけどね」
遠い目をするが口角の上がっている彼女。
「うん、じゃあ一緒に考えるよ」
「まあ当然ね。自分のことなんだから。変なのじゃ嫌でしょ」
「王子っていうのが一番変だから、そんなの今更だよ」
「そう?私は王子が国王になったのが見てみたいけど」
「えっ……?」
「だって、花に溢れた素敵な国になりそうじゃない?」