緋女 ~前編~

「………王って、国の庭師じゃないんだけど」

彼女の笑顔にうなずいてしまいたかったが、そうもいかない。

一般の人に、王は何もしないとなじられるのはいい。王とはそんなものだ。

けど、彼女になめてもらっては困る。

「いや、そんなもんでしょ」

「レヴィアは分かんないかもしれないけど、とっても大変なんだよ、王様って。ただ、そこに座ってればいいってものじゃない」

「じゃあ、庭師は大変じゃないっていうの? この庭を作っているあなたが」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「あのね、花で溢れた国って適当に言ったと思っているかもしれないけど、そんな国をつくるって大変よ?」

「えっ?」

彼女の屁理屈を言い始めたと思えば、彼女は案外本気な目でこちらを見つめている。



「争いが起きれば人々は花を世話する人なんていないし、人々が飢えれば食べ物を植えて花は見向きもしない。環境が悪くなれば花は枯れる」



彼女はさながら女神のように微笑む。



「国に花が溢れるってことは、それだけ国は豊かなんだとは思わない?」



僕が彼女には一生敵わない気がしたのはこの時からだった。

こんな綺麗な花に惚れない方がおかしい。


「………レヴィア」

「ん? あー、うん。………ごめん。分かったようなこと言うなっていうのは分かってるけど、本当に私は王子いい国つくるって思ってるのは分かってほしい」

「そうじゃなくて」

僕はそう言ってため息をつく。

「えっ、なに?」

そんな僕に彼女は訝しげに首をかしげた。

そんな姿さえ、もう可愛らしく思っている僕はもう手遅れだ。

僕が悪いわけじゃない。

彼女が悪い。

僕の凍った心を一瞬にして溶かす言葉を持っ彼女が悪い。


「___やっぱりあだ名いらないや」


「えっ、でも王子になりたくないってさっき言ってたよね? 私も友達を王子って呼ぶのもどうかなって思ってたんだ。やっぱりネーミングセンスがないの嫌なんだよね? それだったら、今日決めなくても気に入ったのあったら教えてくれたらいいし」

彼女が一人で喋る。

僕を気にかけてくれてることがよく分かるから、このまま放っておいてもいいような気分になった。

温かいこの感情が心地いい。

でも、彼女との時間がこのまま終わってしまうのはもったいない。いつ、昨日のようにケイが来るかも分からない。



だから、僕はひとつ自分を縛る言葉を紡ぐ。



「あだ名はいらないよ、レヴィア」



同じことを繰り返す僕に彼女がなおも開きかけた口に、僕は自分の人差し指を寄せて制する。



「その代わり、名前を教えてあげる」

「えっ、でもそれって___」

その言葉から彼女の隠しきれない戸惑いを感じた。

でも、僕は悪くない。



「僕の名は、ピーン・ライサー」


君が本気で欲しいんだ。


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