緋女 ~前編~
「“少し遅かったんじゃない?”って言葉に、あなたは喜んだ、そうでしょう?」
彼は複雑そうな顔をした。
そうだけど、そうじゃない。けど、そういうことにしておきたい。
訳すならこういうことだ。
なぜなら、私は彼の道具だから。
「“ごめん。……思ってもないことを言ったわ”って訂正したのも悪かった。考えたら遅くてもよかったって意味じゃなくて、八つ当たりで責めたこと謝りたかっただけ」
でも、それが間違えだったんだ。
だから彼がため口を使い始めた。
“そうか”
“王子とずっと一緒がいいなら、俺がいるだろ?”
おかしすぎるその台詞の意味。
「ケイも王子と話したかったんでしょ?」
私の得意気な顔。
「私と王子が話すのも嫌なんでしょ? 王子が好きすぎて」
彼は複雑そうな瞳から一変してため息を付いた。
「わたくしが王子を好き、ですか?」
「うん、隠さなくていい。私のこと王子と友達だからいい道具になると思ってたでしょ? けど必要以上に仲がよくて嫌で、それでも優しいからそんなこと言えない」
軽くケイをそっちの人だと勘違いしたまま私は続けた。
「いいって言ったじゃん、利用していいって。それにだから着替えとかも普通に手伝ってくれたんでしょ? でも、今日は嫌になったんだよね? 王子と仲良くしたから」
きっと、今朝からの不可解な行動の原因はそこにあるんだ。
「だから、私がケイに、自分に惚れればいいと思った」
勘違いしそうになる言動もここにある。
「明日からはケイも話に誘うから、許して?」
だからこの時、私は王子の名を教えてもらったことは秘密にしようと思った。