緋女 ~前編~
それからはなにもない日々が続いた。不気味なほど平和でなんだか拍子抜けする。
私のここでの毎日はこうだ。
午前中はケイがこの世界のことを教える。
太陽が重なる時間になるとケイは私にご飯を作って、毎日どこかへ行った。仕事だと言った瞳に嘘はなくて、大変なんだなと思っている。
ケイとは気まずくなりそうで、朝があの翌日は嫌になったけど、ケイはそんなことなかったかのように接してくるし、王子に会いに行く時間はまた仕事があると、私を見送ってすぐに消えてしまう。
その瞳は少し後ろめたそうだった。___怪しい。
だがそんなことはあまり気にならかった。ケイが言わないならそれでいい。よく考えてみればあの夜のこともそんなに傷つく必要はなかった。
ケイは好きだけど、ケイの一番になる必要なんか私にはない。そこまで好きなのは母だけ。あの夜は少しおかしかっただけだ。
それにケイは自分のこと一番にしてほしいと言うけれど、別に王子じゃなかったら私の一番なんて誰でもいいのだ。
問題はケイじゃない。すっかり忘れていたが、問題なのは王子だった。
知らぬ間にため息が漏れる。
「レヴィア様、わたしくしの授業を妨害するような妄想はお控えくださいますか?」
私の顔を見てそう無感情に言うケイは、瞳が意地悪。
だがここで逆らえないのは、ケイの教えるこの世界は面白かったかったから。
こんなの三歳児でも知ってるというような暴言を吐きながらも親切丁寧に教えてくれる。この世界のことはまだまだ分からないことだらけだったけど、ケイが意外にも教えるのが上手いのは分かった。
だから私はケイに素直に謝った。
「分かっていらっしゃるなら、早くその役立たずな脳に全て叩き込んで下さりますか?」
ひどい。分かってるよ、そんなの。
でもそう言い返さないのは、慣れたから。これが彼の通常運転。反抗しても倍で返ってくる。
まあ、それもなんだかんだ言って楽しい。
今は口は悪いが優しい私のお兄さんでいいや、と思える。
「にやにやしないでいただけますか、失礼ながら大変キモいです」
だから、これにも素直に頷きかけた。
「うん、ごめん___って、それは聞き捨てならない。にやにやはしてたかもだけど、キモいとか普通に傷つく」
「そうですか?」
彼が首をかしげた。
「でも、そうですね。わたくしに素直に謝るレヴィア様の方がキモいですかね」
たまに、彼はそんなことをさらっと言う。
そんなとき私の心臓が加速した。
私はこいつのせいで早死にしそうだ。