緋女 ~前編~
「今日はこの国の内外について説明いたします」
「……随分、ざっくりしてるのね。今日は」
だって、昨日の話はこの国の魔法事情だったし、その前はこの国の政治体制だった。
あと毎日あるのは、この国の文字の習得と魔法の実践。
これが意外にも難しい。
英語は得意だったけど見たことも聞いたこともない言語で、そもそもアルファベット表記を覚えるような、そんな段階だ。
私がこの言葉を話せるのは、この国の母語が日本語だったということではなかったようだ。
では、どうして?
という私の問いには、ケイが“レヴィア様は元々こちらの人なので無意識に思い出されたのでは”と答えた。
じゃあ文字も思い出すんじゃないかと私が言うと、ケイは否定した。
“レヴィア様はあの時はまだ幼かったので文字は覚えていませんよ”
その言葉に私は少し落胆した。
だが、魔法の実践はもっと駄目だった___。
とてもじゃないが、ケイが教える午前中だけでは追いつかないから、一人でも自主練を朝に始めた。
そこまでは良かったのだが、寝ていていいと言ってあったはずなのにケイが毎回つき合うから意味がない。
だいたい、私にはケイはいつ寝ているのかさっぱり分からなかった。
寝顔なんて一度出会った時に見たきり。
あれさえ、本当は寝ていなかった可能性もある。というか、その方が納得できる。
彼がそんな無防備なところを私に見せるはずがないから。
「__この国はご存じの通り海に面した国です」
ふと我に返ると、ケイの講義が始まっていた。
とりあえず慣れた日本語でメモをとる準備をする。使ったこともなかった羽ペンと羊皮紙は私からすれば使い勝手が悪いのだが、それを言ったらケイは最高級ものだと睨んできた。だからそれっきり文句は言ってない。
なかなかに本気な睨み方で、言えなかった。
ケイは意外にも高価なものは使えることに感謝するタイプなのかもしれない。そう思った。
「その海はこの国の南に位置しています。北は氷に閉ざされた高い山が。一部ではその山にドワーフが住んでいると言われています。東には___」
地図を広げるケイは熱心に指を指している。
どうやら、この国は三つの国に囲まれているらしい。北山のドワーフ、東の荒野のヴァンパイア、西の森のエルフ。それにあの南の海を越えればドラゴンがいる。
にわかに信じがたい話に今日も私は聞き入った。
「まあ、今日はこの辺で」
「ん、ありがとう」
「魔法の実践以外は覚えがいいですよね、レヴィア様は。今日だって最初はろくにお聞きになられていなかったのに」
「………どーも」
確かに私が覚えたいのは、前は魔法だけだった。
母のこと。それだけ考えていたから。
でも、今は少し違う。
この世界で生き抜くためには、シュティ・レヴィアじゃないとバレた時、いやその誤解が解けたときというべきか。
とにかくその時にどこに放り出されてもいいようにしておきたいと、そういう思いだった。
そしてできればシュティ・レヴィアじゃないと分かっても、そばに置いておきたいと思ってもらえる人材になってみたい。
「レヴィア様、学校に行きませんか?」
開いた距離はどうにもできず、ただ広がっていった。
やはり、私は誰かの必要な人にはなれない___。