緋女 ~前編~
背中に感じていた視線は、お昼ご飯を作るために反らされた。
彼が部屋からでてキッチンへ行くと静かに一粒だけ涙が出たけど、彼が戻ってきた頃には気をとりなおす。
これからの憂鬱な日々を思ってはため息しかないけど、彼に勝手に期待して泣くのをやめようと本気で決意した。
だが、ケイはさっきから昼食を食べている私をずっと見てくる。
その何か言いたげな瞳に思わず言う。
「行かないの、仕事?」
その問いは不自然に刺々しかった。
彼がここに居てくれることが嫌なわけはないのに。
「今日はないので」
嘘つき。
___でも、嬉しい嘘。
「王様がバカンスにでも行ったから暇なの?」
少し意地悪を言うがそれは無視される。このゴールドアイに黙って見つめられるのにはつらい。
そう思って、ふと思い出した。
「ねえ、初めて会った日覚えてる?」
そう聞くと、私をうってかわって鋭く射抜くように見た彼。
「___レヴィア様、それは二週間前のことですか?」
その変な確認に私は首を傾げつつ、頷く。
「ええ、そう。覚えてるでしょ?」
その言葉に彼の瞳が柔らかくなった。それを見て私はそっと息を吐く。
また、彼の地雷を踏んでしまったのかと思った。
だから、彼の次の台詞。
「はい。レヴィア様と違ってバカではないので二週間前のことくらい覚えてますよ」
この毒舌に私は笑った。
「私だって馬鹿ではないのよ?」
「レヴィア様がそうおっしゃるのであれば、そういうことにしておきますよ。で、レヴィア様と出会った日がどうかしました?」
「うん。初めて会ったとき、王様のところに行くために飛んだでしょ?」
「ええ」
「その時、ケイのゴールドアイが黒くなったように見えたんだけど。どうして?」
今となっては定かじゃない。でも、あの日確かにそれを見た。一瞬だったし、その後は色々ありすぎて、ケイの瞳の色なんて気にしていられなかった。
王子と話していた私を迎えにきた時は夜だったから、暗くてよく見えなかった。
けど、少し気になっていたことで。
私が忘れていたり、聞くタイミングが見つからなくて聞けていなかった。
「………なぜ、このタイミングでお聞きになられたのです?」
彼の瞳が再び鋭くなったのに気づいたのは笑っていたせいで少し遅かった。
「えっ」
そのことに戸惑いつつも、後悔したところで今更なのは分かっていた。
こうなったら、ケイは納得がいくまで退かない。
さっきのはとても珍しいためしだった。
「………いや、ふと思い出しただけなんだけど」
私が弁解しようとして口ごもると、彼も困ったような瞳をする。
私は何も悪くないはずなのに、その瞳に罪悪感を覚えた。
「……王様の前では黒の瞳ってルールでもあるの?」
とりあえず、私の想像の範囲での予想を口にしてみたが、我ながら乏しい想像力だ。
私はケイを怒らせたり、困らせたりするばかり。
まともな会話すらケイとはできないんだ。
彼が私に答える気まぐれを起こさない限り。
「いえ」
長い沈黙は彼が破った。私がちらりと瞳をうかがうと、自嘲的な色をしている。
「前までは瞳の色は隠していたんですが、もう国王にはバレていたのでもういいんですよ」
「そうなの?」
「はい、王子にだけ知られなければそれでいいんです」
期待しないと決めたはずなのに、チクリと痛む私の胸。
「そっか」
その短い一言が出るには少しの間があった。