緋女 ~前編~
それがどういう意味かは聞けなかった。
他にはもうバレてもいいことで、王子だけには知られたくないこと。
私の想像の追いつかない何かが、瞳の色にある。
でもそんなの知りたくなかった。
王子だけがケイの特別。それが突きつけられるなら、何も知らない方がまし。
期待してもいないのに、傷つく。
彼を好きだというだけで、こんなにも傷つく。
十七年、母だけを想い頑張れたのは、母の特別には私以外なり得ないと確信してたからだということに、この瞬間私は気づいた。
だから、安心して母だけを追いかけた。
母だけに依存した。
今更ながら、私はつくづく駄目な人間だった。
王子と私が似ていると思ったのは誰だっただろう?
そう思うと笑いがこみ上げた。それと一緒に込み上げる熱いものに気づいてうつむく。
情緒不安定。
「どうかされました?」
彼の声。
壊れてしまいそうな自分。いっそ、本当に壊してくれ。
笑え、笑え、笑え、笑え、笑え。
呪いのように胸の中で繰り返す言葉。
裏返せばそれは、
___泣くな。
そういう意味だった。
「……なんでもない」
呟いた声はひどく掠れて音になってたかは分からないが、彼が頷いたのを感じた。
「では、レヴィア様」
「ん?」
「こちらの手間が省けるので王子に学校の寮に入ることをご自身でお伝えください」
「分かった」
「寮に入っても週末には帰っていただくことになると思いますが、毎日会われていた王子としては淋しいことでしょう」
その言葉を貴方はどんな気持ちで私に言っているの?
ケイは王子には甘くて優しい。
だから私への負の感情も、自分の想いも押し込めて、淋しいであろう王子を思いやるのだ。
歪んだ笑顔はうつむいているから、彼には見えない。
「そうかな」
笑い混じりの曖昧な私の返事。
でも彼を思えばこそ、肯定も否定もできなかったのだ。
だが私の想いは全て空回りする。
そう、
あごをすくいあげるような手がのびてきて私は赤くなったが、ケイは私の顔に手を添えるとこう言ったのだ。
「いい加減、自覚しろ」
完全に調子に乗っていたのだ。
彼は優しいから、うつむいた曖昧な返事でも許して貰えると。
今は王子の話だったのに。
「ごっ、ごめん。私__」
「黙れ」
私はその低い声に悟った。
彼をとうとう本気で怒らせてしまったことを。
思いっきり怯えた顔の私にケイは苦しそうな瞳をする。
「王子はお前が好きなんだ。少しは気をつけろよ」
私はその言葉に瞠目した。
やめてよ。
そんな苦しげな瞳でそんなこと言わないで。
気をつけろなんて言われても、王子が欲しいんだったら私はいくらでも一緒にいる時間を譲るし、貴方が笑うなら私は一切会わなくてもいい。
でもこんな自分は見られたくない。
優しいから、また困った顔をするに決まってる。
「___分かってるから、怒んないでよ」
平然をよそおって彼の手を払い除ける。
私は彼の憎き非女の娘でいい。
彼の気持ちが楽になるなら、その方がいいのだ。私も好きでいること自体が、期待とかしてなくてもつらいことに気づいた。
彼にとことん突き放されるまで、待っていてはいけない。
私も彼から離れる努力をしなければならない。
私たちはそうやってそれぞれ決意した。
運命の歯車は狂ったように回り始めていたのには、この時は気づかなかった。