緋女 ~前編~
「えっ、どういう意味………?」
私がライサーにそう聞いたときだった。
「レヴィア様っ」
まだ聞こえるはずのないその声に、私は振り向いた。
「ケイ?」
なぜこんなにも彼は息を切らしているのか。
「何かあったの?」
「__はい。来てくださいますか?」
瞳の色で分かる。その唇は嘘をついている。
でも、そんなの関係ない。
私は彼が必要と言えばどこへだって着いていく。
彼が必要ないと言えば私は退くだろう。
「いいけど……」
それでも、今だけは会いたくなかったと思った。
「ライサー、その話明日聞かせて」
「あー、うん。待って__」
「王子、申し訳ございませんが明日からレヴィア様は不在です」
「えっ、明日から?」
「はい。では」
私の手を握ったケイが頭を下げると同時に飛ぶ。
だが、着いたのはいつもの部屋ではなかった。
「ここは何?」
思ったよりも冷たい声が出る。
「王子と待ち合わせる庭が見えるでしょう?」
「ええ、未だ呆然と突っ立ってる王子が小さいけど見えるわね」
強い風が私の長い髪を弄ぶ。
「城の中央の時計塔です」
「なんのまね?」
「………特に理由はありません」
その言葉に私はカチンときた。
「理由なくあの子を独りにするの?」
「あの子?」
「ら、………王子のことよ」
「別に王子は独りじゃありませんよ」
「そんなことないわ。私がいなくなって、ケイまで味方しなくなったら、王子は独りぼっちよ」
自分のことを棚に上げてそう言う私に、ケイはこちらを見ず、ただ遥か下の王子を見つめる。
「では、聞きますが」
不意に彼は言った。
「独りの何が悪いんですか?」
「悪いとか、そういうんじゃない。だいたい友達はいいものだって、ケイが言ったのよ?」
「そうですか。確かに友達はいいですね、___友達と思えれば」
その言葉に、私は口をつぐむ。
ライサーにとって私は友達だっただろうか?
私だって、ライサーへの認識が“ケイの好きな人”でなかったとは言い切れない。
考えてみれば、必ずしも私とライサーは友達とは限らなかった。
「だからあれだけ申しましたのに」
私の様子を見てケイが静かに言う。私はそれにうなずくだけにとどめた。
その代わり、ずっと上からライサーを見て心の中でただただ謝り続けていた。
そんな風にして、完全に日が落ちようとした時のこと。
不意に庭に知らぬ人物が入り込んできた。
顔まではここからだと分からないが、たぶんスーツの男。
「えっ」
この庭に私たち以外が来るなんて私の知る限り一度もなかったので、思わず声が出た。
そんな私を横目にケイは言うのだ。
「___レヴィア様がいなくても、王子には王子の迎えがいるんですよ。そういうことです」