緋女 ~前編~
「あっちもこっちも優しい人ばっかりね___」
「嫌か?」
「まあね。私が優しくないから」
「お前が本気でやな奴だったら、王子はなつかないと思うけどな」
「そうかもね」
否定でも肯定でもない言葉にケイは顔をしかめた。なぜかは知らないが彼なりに慰めようとしてくれてるのが分かる。でも、優しすぎるそれに答える気はなかった。
その優しさに流されてしまえば、また同じことを繰り返す。
母の時たまの優しさに流されてしまったように、私はケイの時たまの優しさに流されて、また捨てられる。
昔も今も
私は一番好きな人の一番にはなれないから。
王子にはそんな思いさせたくなかった。この一週間と少しの間に何度私の一番はライサーじゃないと言おうと思ってやめたか。
でも、ついに自分からは言えなかった。
私は罪悪感と一緒に、そこに変わらぬ愛を見いだして安心していたのだ。
私の一番じゃないけど、私を捨てることができないライサーの手を振りほどきも握り返しもしなかった。全ては私の都合のいいように。
「………今、ほしい言葉教えろ」
不意に彼は言った。
たぶん、私が何を言ってもその優しさに答えようとしないから。
私は今日、やっとライサーを手放したつもりになっていたが、やはりライサーの一番は私しかいないという気持ちもあったかもしれない。
だから私がライサーに迎えの男がいたことを素直に喜べるはずもなかった。
それをケイは分かっていて、“良かった”という私の台詞に怒ったんだ。
それは分かる。
けど、なぜか優しい彼の“逃げたんじゃねぇ”は痛い。
何を考えて私にそんな言葉を贈るのか、さっぱり分からない。
まあ、分からなくてもいいか。
彼の何を知っても嫌いになる自信がないから。
「私の一番欲しい言葉はケイ、貴方が持ってるけど、私には一生くれないでしょうね」
「……言ってみろよ。じゃなきゃ分からねーだろ」
「嫌よ。嘘では欲しくないの、今はもう」
「なんだよ、それ」
「うん。代わりになんだけど___」
「あるんじゃねえか」
間髪入れず彼が突っ込むから、思わず笑った。
「だから、代わり」
彼が私を真っ直ぐ見た。
私も目線を外さない。
辺りはもう暗いが、彼の表情はかろうじて分かる。それは向こうも同じだろう。
「私の敵にはならない、そう約束して」
私が必要がなくなって、捨てられる時。
そうするのが彼でも、やっぱり苦しそうに顔を歪めてくれるなら、私は__酷いかもしれないけど、__嬉しい。
だから、あの初めて殺されかけた憎しみ以外何もない手だけには殺されてあげられない。
そういう約束。