緋女 ~前編~


「そういえば、本当はなんのために私をあの時計塔に連れてきたの?」

「………」

その台詞は部屋に戻った後、夕食をとっていた私のものだった。

今日はシチュー。

彼が初めて私に作ったのもそれだった。

二週間たったのでだいたい彼のレパートリーは一周してしまったということだろう。男の人だからそれでも多いほうなのだと思う。

「無視?」

「………」

「分かった。質問変える。明日から学校なんだよね?」

彼は突然珍しく一緒に食べていたシチューを片手にむせた。

「……は?」

「違うの?明日から王子に会えないんでしょ?」

「いえ、学校は来週のはずで……あっ」

不思議そうに言っていた彼が何かを思い出したように声をあげた。

「なに?」

「申し訳ございません。特に予定はなくなってしまいました」

「………なんでって聞いていいかしら」

「お答えしかねますね」

「なんで?」

「お答えできません」

無感情な声。

彼は私がそれ以上は言わないと分かると、シチューを食べる手を再開し始めた。

「ねぇ」

そこで、また声をあげた私を心底迷惑そうな瞳が見返す。

「じゃあ、明日は私の好きなように過ごしていいの?」

「……まあ」

仕方がないからな、という瞳に私はいいことを思いついた。

「じゃあ、ライサーに話の続き聞きに行く」

「は?」

「さっき、私が魔法を上手く扱えないことを相談したら、どうにかできそうなこと言ってたの」


彼の約束以外は空っぽになってしまった手。

それだけでいいなんて思えなかった。何か他のものがないと落ち着かない。

王子はもうこの手には戻らない。完全には。

だけど、魔法は手にいれられる。

不完全な心なんかよりも勉強とかにすがったかつての私。また同じことをしようとしてる自覚はあった。



でも、それでいいかなって思う。

今度捨てられる時、私は死んでいる気がするから。



「……本当に俺が好きか?」

私のそんな台詞に、彼がそう静かに聞いた。

そう言われて当たり前だったから、答えは用意してあった。


「好きよ」


「……じゃあ教えてやる。だからライサーのところには行くな」

「は?」



「俺がお前の魔法を抑えていた」



ああ、つくづく私は甘い。

彼に全てを与えてしまった私は、彼が与えてくれるものしかこの手に残すことを許されないのだ。




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