緋女 ~前編~
彼女が行く前に
「……おはよう」
彼女がもぞもぞとベットで寝返りをうってから、パチリと目をあけ言った。少し低い声は寝起きだからだけではない。俺がいつものように先に起きていたのが、不満のようだ。
「おはようございます、レヴィア様」
「寝た?」
「ええ、もちろん」
何度となく繰り返した会話だったが、不思議と彼女は毎日同じことを飽きずに聞く。
「………着替える」
「はい、わたくしは朝ごはんをご用意します。こちらにお着替えください」
彼女はベット脇に俺が置いた服を見て、また顔をしかめて不満そうな瞳をこちらに向けた。
「なんだか、毎日服が増えてる?」
「元々あったものが、レヴィア様には似合わないものばかりなので、少しずつそろえているんです」
実際にはよく似合うだろうが、俺が目のやり場に困る程の露出度を誇る服たちを、彼女に着せる訳にはいかなかった。
だが、高くて綺麗な服は人目を引くし、彼女にみずぼらしい格好もさせたくない。
気がつけば、彼女の服選びは難しくなっていった。
「……お金、もったいないからやめて」
彼女が立ち上がってそう言う。
だが、俺も譲れない。
「レヴィア様、わたくしはお金に困っていませんよ」
「だけど__」
尚も食い下がる彼女。
「それほど、高い店で買っているわけじゃないですから」
彼女は黙ったが、納得はいかないようだった。
彼女はお金には頓着しないかと思っていたが、それは間違いだったようだ。
「レヴィア様、お金を持っている者がそのお金を貯め込めば、持たない者はいつまで経っても貧しいだけです。使うことは貧しい人のためにもなるんですよ」
初歩的で経済学とも言えないその台詞は、彼女の思ったより優秀だった頭に十分理解できるもの。
「……確かに」
出会う前まではシュティ・レヴィアとして優秀であるに違いないとは思っていた。
が、それは彼女に実際会うと疑問に変わっていた。
そして、その疑問は彼女はここ数日の授業で馬鹿ではないのは証明したことで改めた。なるほど、覚えは早い。
だが、それまで。
シュティ・レヴィアとしては足りない。
利用しやすいが、それではこの先が危ぶまれる。
彼女という駒は手に入った。俺の悲願が達成される日は遠くない。問題はその後。
当初とは違うその先を昨日俺は彼女に約束した。
“約束する。俺はお前の敵にはならない”
自分を縛る約束をしたのにもかかわらず、不思議と心地よい約束だった。
彼女の敵にはならない。
だが、それを今後の望みのひとつに加えてしまった俺の心が、どこから来るのかは相変わらす無視し続けた。
その代わり、新たな任務が俺にはある。
彼女には早急に完璧なシュティ・レヴィアになってもらわなければならない。