緋女 ~前編~
彼女が黙って服を手に取ったのを見て、俺も食事の準備に取りかかるべく部屋を出た。
この習慣は数日前からある。
俺が作った習慣だ。
彼女が着替えている間に俺は料理の準備をする。
作った理由?
正直、彼女の衣ずれの音を気にしなくて一番自然でいい方法だったから。
今日は温めたクロワッサンに昨日の残りのシチュー。出来たそれを俺は盆にのせる。
何も知らない彼女が部屋に戻ると定位置に座っていた。
「ありがとう」
「いえ、どうぞ」
彼女の目の前に食事を置いてやると、彼女はさっそくクロワッサンに手をのばした。
俺もそれを見つつ彼女の目の前に腰かけた。だが、そのことをすぐに後悔する。
……しまった。
彼女を正面に固まった俺。
「なに?」
彼女がこちらを不思議そうに見ているのに気がついて、らしくもなく慌てた。
「いえっ、なんでも」
「そう?ケイが用もなしに座るなんて珍しいこともあるのね」
それはそうだ。
俺は普段彼女が起きる前には朝飯を済ませていて、彼女が朝飯を食べる間はその場で突っ立って待つ。
その俺が彼女の目の前に座った理由。
「レヴィア様がわたくしに聞きたいことがあると思っていましたので、すみません」
そう。
昨日後回しにした話を彼女にするためであった。
「待って」
だが、彼女は俺とクロワッサンを見比べて言った。
「その話、食べてからでいい?」
彼女は食べるのが好きだ。
彼女のことで最近分かったことのひとつにそれはあった。
俺が与えた食事はどんな時も、どんなものでも嬉しそうに食べる。
「……聞いてる?」
だが今の俺は、そんな彼女に心穏やかではいられなかった。
今日の彼女の服は駄目だ。
正面の彼女が前屈みで俺に何か聞くが、ちっとも耳に入らない。
Vネックセーターで露になった綺麗な鎖骨をさっき座った時に俺は見てしまっていた。目のやり場に困るという人生初の体験。だがのりきった。
はずだった。
前屈みで俺に許しをこうまでは。
「もしかして、ケイもクロワッサン食べたかった?」
俺はまたひとつ学んだ。
露出度が低ければそれでいいということでもない。
それと同時にまた服選びが大変になったことを悟り、ため息をつく。
「いえ、結構です」
俺はつとめて冷静に言ったが、彼女は俺の瞳を覗き込むようにして、しばらくの静寂が訪れた。
「………レヴィア様」
先に根負けしたのは俺だ。
「クロワッサンいただいてよろしいですか?」
そう言うと嬉しそうにうなずいて、彼女がシチューを手に取った。
目のやり場は出来た。だが、食べかけのこのパンはどうしようか。
時々彼女に常に試されているような気がしてならない。