緋女 ~前編~
嫌だ。
そう言ってしまいたかったが、彼女にそう言われると見せてやってもいいかという気にもなるから不思議だ。
だが彼女に似合いの場所であることは容易に想像できた。
ため息をついて、俺は彼女の腕を掴んで引き寄せる。彼女の甘い香りがして、やることリストの上位にシャンプーを代えることが浮上した。
そして俺は誘惑に耐えられるうちに彼女が望んだ場所へと飛んだ。
俺の一番好きで嫌いな場所。
それはまるで彼女のような、そんなところ。
「ここです」
正直、ここへ来るのは十二年ぶりだ。
ずっと、ずっと避けてきた場所。
「………」
言葉が出ない様子の彼女は、目の前の光景に目を奪われていた。
やはり、彼女もここの異常な美しさに囚われる。
俺も、ここの美しさが純粋に綺麗なものだと思ったものだ。
だが、ここは俺が開いた血路がために血を吸っている。
それだけではない。昔から海へと繋がる逃げ道に多く使われていて、血がたくさん流れたと言われる。
そう、たくさんの命を吸った道だ。
「………」
最後にここを通ったのは十二年前。
あの雪の日。
追っ手から逃げてここまで落ち延びた。
「今は夏の終わりくらいじゃなかったの………?」
感嘆するような彼女の目には、その血は見えない。
「なんで桜が咲いてるの?」
満開の桜。
紫色に見えて少し違う不思議な色。
それをあえて言葉で表現しようとは思えない。
どんな色も正解ではないからだ。
だけど、ずっと昔俺のような奴がここを通ってふさわしい色を見つけた。
「死色の桜は、人の命を吸って生きてるんです」
彼女が息を飲む。
死色。
上手いことを言ったものだ。
「まあ、正確には魔力を吸ってるんですが」