緋女 ~前編~
そのことに気づいて私は立ち止まった。
もしかしたら、彼はショウたちが教えてくれなかったことを、私に教えてくれるかもしれない。
そう思っている私が悲しいけど、もう涙が出ることはないだろう。人前で泣くなんて不覚だった。
私には週末ケイとの約束がある。
ケイは私を裏切らない。
なぜかは分からない。ただそれだけは私にとって疑いの余地のないものだった。
その時、必死な声が後ろから私の腕を取った。
「待ってくださいっ」
「………待ってますけど」
私は振り向き様にそう言う。短い言葉だったからか、声ももう震えていない。
そして今、しっかりと目の合った彼は私を見て心底嬉しそうな顔をして私を見ていた___。
「セルヴィアっ…………」
その狂気にも似た喜びの顔に少しの恐怖が私を支配した。
「人違いじゃありませんか?」
今度は私の冷たい声に、彼が驚く番だった。
「なにを言ってるんですか………?」
そう言う彼はひきつった顔をして、私が他の誰かだとまだ勘違いしている。
でも、勘違いされたままでは困る。というか、恐ろしい。
「だから___」
言いかけた言葉は彼の狂気に飲み込まれた。
「貴女の声も、この緋色の瞳も僕が間違えるはずない」
その瞳は狂ってる。
誰よりも大人びて見えていた彼。だがその口を開くと存外子どもっぽかったところは、ショウとは真逆なのに同じ戦慄を覚える。
恐怖を通り越してなんだか笑えた。
私はこの人にさっきまで何を期待していたんだろう?
「残念だけど、貴方は間違ってる」
「そんなはずはないっ………。分かった。僕を試しているんでしょう?騙されてはあげられませんよ」
そう言って彼は何を思ったか私の髪を引っ張った。思わず目を瞑って痛みを待ったけど、それはいつまでも私を襲うことはなく、そこで理解した。
うっすらと目を開くと彼が何かを手にしている。
やっぱり___。
彼は私のカツラを引き剥がしたのだ。
「ほら、この綺麗な白銀の髪。貴女はセルヴィアだ」
私の髪に口づける彼。
言葉なくいつまでもそうしている彼に、私は愛しいと言われているように感じた。