緋女 ~前編~
その瞬間、彼は固まった。
「シュティ・レヴィア___?」
いや、固まったという表現はいささか可笑しい気がする。だが、考えるのを拒否するかのような全て抜け落ちた表情を形容する言葉を、他に私は知らない。
ただその無表情の奥に感じる狂気に震えた。
次の言葉を言うのも憚られている。そんな気がした。
そんな私をよそに、片方の口の端を吊り上げる彼。それはまるで自嘲するかのように。
繰り返す。
「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ」
その台詞はかつて私が吐いたものと全く同じもの__。
そんな彼に私はどうしようもなく、ただ突っ立っているしかできない。
「嘘だ__」
耳を塞いでしまいたかった。
いや、実際そうしたかもしれない。
「嘘でしょう、セルヴィア」
私も同じだ。
信じられなかった。母に捨てられたなんて。いや、未だにそうかもしれない。
どうしてもそれに気がつきたくなくて、なのに誤魔化しきれずに気づいてしまう。
でも全然受け入れられなくて。
不意にどうしようもなく叫びたくなる___。
そんな感情を私は知っている。
痛いほど知ってる。
だからこそ、今ここで聞きたくなかった__。
「___お願いです。嘘だと言って下さい」
私はそれに答えられないから。
黙ったままの私を見て、とうとう彼は私の髪から手を離す。
私の肩に戻ってきた髪が空しい。
「………嘘ではなく、貴女がセルヴィアの娘なんですね」
そう言う彼はとても泣きそうな顔をしていた。
彼の瞳に映る私はどんな表情をして彼を傷つけているのだろう?