緋女 ~前編~
彼女の足音が聞こえた時も僕はまだどうするべきか悩んでいた。
何もなかったかのように、来た道を引き返せばいい。
そうでなくても、偶然だねとヘラっと笑っていればいい。
そう思うのに焦る鼓動はなんなんだろう?
「ショウ………?」
彼女がそう呼ぶのが聞こえて、ますます戸惑った。
彼女と目が合う。
「変な顔してどうしたの?」
彼女が冗談めかしてそう言った。けど、僕は笑わなかった。
いや、笑えなかった。
「レヴィこそ変な顔してるよ」
「そうかな?」
「何かあった?」
僕とは思えない、さも心配しているような声。
さっきまで彼女と会うことに焦っていたのに、今度は彼女の壊れそうな笑顔に僕は焦っている。
そんな自分が滑稽すぎて笑えた。
何かあった?
なんて、聞くまでもないくせに。
僕はただ、妖精人間と何を話していたのか、それだけが知りたいはずで。
それ以外はどうでもいいはずなのだ。
「………別に。ショウこそ、私になんか用でもあったの?」
彼女は不意に目をそらして僕にそんな意地悪な質問をする。
「___ないよ?」
嘘だった。
でも、彼女の笑顔が壊れるのが分かってどうしようもなく、後悔する。
とっさに出てしまったのは、今さら仕方がない。
「なんで僕がレヴィに用なんてあると思うの?」
でも、この台詞は我ながら最悪だったと思う。
「………なんでだろ?」
彼女の完全に崩壊した顔に僕はたまらず手を伸ばす。
「バカだね」
それは彼女のことっていうよりは、僕自身に対してだ。
「そうだね。ショウが約束守るなんて信じるなんて、私はバカだ」
「約束?」