緋女 ~前編~


彼女の足音が聞こえた時も僕はまだどうするべきか悩んでいた。

何もなかったかのように、来た道を引き返せばいい。

そうでなくても、偶然だねとヘラっと笑っていればいい。


そう思うのに焦る鼓動はなんなんだろう?


「ショウ………?」

彼女がそう呼ぶのが聞こえて、ますます戸惑った。


彼女と目が合う。


「変な顔してどうしたの?」

彼女が冗談めかしてそう言った。けど、僕は笑わなかった。


いや、笑えなかった。


「レヴィこそ変な顔してるよ」

「そうかな?」

「何かあった?」

僕とは思えない、さも心配しているような声。


さっきまで彼女と会うことに焦っていたのに、今度は彼女の壊れそうな笑顔に僕は焦っている。


そんな自分が滑稽すぎて笑えた。


何かあった?
なんて、聞くまでもないくせに。

僕はただ、妖精人間と何を話していたのか、それだけが知りたいはずで。

それ以外はどうでもいいはずなのだ。



「………別に。ショウこそ、私になんか用でもあったの?」

彼女は不意に目をそらして僕にそんな意地悪な質問をする。


「___ないよ?」

嘘だった。

でも、彼女の笑顔が壊れるのが分かってどうしようもなく、後悔する。

とっさに出てしまったのは、今さら仕方がない。



「なんで僕がレヴィに用なんてあると思うの?」


でも、この台詞は我ながら最悪だったと思う。



「………なんでだろ?」

彼女の完全に崩壊した顔に僕はたまらず手を伸ばす。


「バカだね」

それは彼女のことっていうよりは、僕自身に対してだ。


「そうだね。ショウが約束守るなんて信じるなんて、私はバカだ」



「約束?」


< 204 / 247 >

この作品をシェア

pagetop