緋女 ~前編~
彼女の不満そうな顔を横目にそう思う。
「我儘って………。まあ、それもそうかも。本音を言うとね、昨日もうすでに借り二つくらいつくってるでしょ?これ以上増やしたらなんか返せそうにないからやだなー………なんて」
「あー、そういえば。あの気持ち悪い先生から助けてあげた、あれ?」
「そうそう。忘れてたなら言わなきゃ良かった……。でもまあ、あれは助かった。ありがと」
「どういたしましてー」
そう僕が言えば彼女は僕をじっと見つめた。
「なに?」
「いや、今日はよく笑うなーって」
嬉しそうな彼女の声色に僕は初めて自分の顔が熱くなるのを感じた。
「べっ別に、僕はいつも笑ってるけど?」
「あれ、気付いてない?いつも笑顔だけど目が笑ってないのよ」
「___よく分かるね」
僕は化けるのが特技の怪物だ。
いつも仮面をつけて生きてきた。本当の自分の顔がどんなだったかなんて覚えてないし、あったのかも分からない。
それでも、彼女は嘘でできたような僕から本当を見つけ出す。
それが、本当なら苛立たしいだけのはずなのに、案外嬉しいと思ってしまう僕。
「………分かるよ。瞳は私に嘘をつけないの」
だから、この時の彼女の台詞の切なさがなんなのか僕には分からなかった。
代わりに僕はなにも聞かなかった振りをして言うのだ。
「っていうか、着いちゃったよ」
「えっ、早っ」
目の前の僕は見慣れている教室のドアのグリーオグ・レンの文字に、彼女は驚く。
別に、図書室とこの教室が近いのは単なる偶然なんかじゃない。
まあ、彼女は知らないだろう。
この学校が創られたきっかけなんて。
「図書室もここも、学校の一番端にあるからねー」
その理由だって。
彼女に教えて欲しいとお願いされれば答えるかもしれないが、そうでないのに教えようとは思わない。
彼女は十二年前の事件を知らない。
いや、記憶を消されてると言った方が正確だろうか。
とにかく、消された理由を知りもしないうちは、僕もむやみに全てを教える気はない。
それに、聞かれるまでもなく何でも答えてしまったら彼女の”気まぐれ“さえ貰えそうにない。
だから、たくさんお願いさせて、借りをつくらせてやるんだ。
彼女の言った通り、確か昨日は二つ借りを作らせたし。
なんて思うのはただ___
ただそうやっておかないと、彼女が僕の目の前から消えてしまいそうで、怖いだけ。