緋女 ~前編~



「ちょっと、待ちなあんた。図書室はそっちじゃないよ」


突然の私に向けられたであろう声に、私が飛び上がるほど驚いたのは、ぼーっとしていてその人が目の前に来るまで気づかなかったから、などではない。


姿が見えなかったからだ。


授業が終わって寮に直行したのは私だけのようで、誰もいなかったはずの廊下。隠れるところのない真っ直ぐのびた渡り廊下だ。


そこで突然声をかけられるはずがなかった。


当然私は後ろを振り返った。
だが、静寂の支配するそこに声の主は見いだせない。


当惑する私にしばらくしてまた声がかかった。


「上だよ、上」


少しイラついた私の知らないその声は甲高くて、わめいているようにも聞こえる。少し耳障りな声だ。私は耳を押さえつつ上を見上げた。



「えっ………」


真上には羽の生えた小人。
目が合うとその子は強気な笑みをその顔に称えながら言った。



「想像よりずいぶんマヌケだね、その顔」


自分が貶されたことにも反応できないほど、私は唖然としていた。


「………妖精と会うのは初めてだから」


私はこの時、本当にマヌケな顔をしていたんだと思う。


だって、本当に初めてだったから。



「貴女ほど綺麗な人に会ったことがない」


本当にそう思うほど綺麗な生き物だった。触れるのをはばかってしまうような儚い美しさ。


「………あんたは何言ってるんだい。褒めても何も出てこないよ」


どこか偏屈なおばさんを思わせるしゃべり方だったけど、そう言って目をそらす彼女は顔が少し赤い。

そんなところが可愛さを感じさせる子だった。


詰まるところ、嫌みじゃなくかわいい子だった。


言動が可愛いなんて言うのは、私の趣味でも彼女の趣味でもないから言わないけど。


しゃべらなければそれはもうお人形さんだけど、普通に言動も愛らしい。


愛されるタイプだ。



そう、私とは違う子。



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