緋女 ~前編~
「はい」
私の告白に困ったように微笑んで頷いた青年は、私なんかよりもずっと大人に見えた。
「貴方の優しさに甘えてごめんなさい」
私はそう言って頭を下げた。
半分彼のそんな表情見ていたくなかったというのもある。大体、謝るという行為自体が自分のためで、彼にはなんの慰めにもならない告白だった。
でも、どんなにクズな正義だとしても、もう自分の正義は曲げたくない。
私の中にいる二匹の私もそれを望んでいる。
「貴女に謝られる日が来るなんて思ってませんでしたね」
それが誰を想って呟かれたのかは顔を上げて青年の顔を見なくても、はっきりと分かった。
返す言葉が見つからない。
不用意に青年を傷つけたくないのは本当だけど、そうなった時自分が傷つくっていうのが、きっと言葉が出ない理由なのだ。
沈黙が場を支配した。
「あのっ」
私はたまらず声を上げる。
だが、私が次の言葉を紡ぐその前に、強くて優しい声が私の想いをくんでくれた。
「はい。昔話に付き合っていただけますか?」
その時思ったのはこの優しさはすごく淋しいということだった。
きっと誰もこんな図書室になんか来なくて、ずっと待っていた彼女も来なくて、ひねくれてしまってもおかしくないこの状況。
誰もこの青年に気づきはしなかっただろう。
いやもしかしたら非女だけが気づいていたのかもしれない。
ステンドグラス越しの夕暮れの光よりも、強くて優しい彼に、それが報われない彼に、非女だけが気づいて、その淋しさを癒したのかもしれない。
「ぜひ、聞かせてください」
そう言った時にはもう、私はケイのことは考えていなかった。
ただこの青年の話が聞きたかった。