緋女 ~前編~
物語の中、そこに生きた証
青年は私の手をとった。
突然ではない。
ゆっくりと誘うように私を図書室の奥へと案内する。
話は?
なんて、私は聞かなかった。
私は彼に一定の信頼を置いていたし、手を繋ぐというその事にも不満はなかったから。
でも、私が黙っていたのが、彼には戸惑っているか、怒ってるかに見えたのだろう。青年は私にこう言った。
「すみません。まず見せたいものがあるので」
「見せたいもの?」
私は相づちを打つかのように聞いた。
「はい。本なんですけど」
彼はさらに奥へと進んでいく。
やがて行き着いたのはこじんまりとした部屋だった。あるのは本棚と机、それにベット。
その全てに古めかしいものを感じた。悪い意味じゃない。古き良きってことだ。
きっとこの青年はここで生活しているのだろう。
青年が机をあけてごそごそとやり始めた。あまり人の部屋をじろじろと見るものでもないので、私は入り口を振り返って見る。
青年の暮らしぶりなんて想像しなかったら、図書室と直結なんてすごく羨ましい部屋だと思っただろうけど、生年を見ているととてもそうは思えない。
「これです」
青年から声がかかって私は我に返った。
その手にある本は本というより紙の束だった。
「それは?」
「貴女の母が書いて私にくれた物語です」
なるほど、シュティ・レヴィアの母セルヴィアの書いた本。
「見せてくれるの?」
きっとそれは、この奥まった場所にある図書室の一番端にある部屋の机に隠しておくくらい、とても大切なもの。
それも机の一番奥に入ってたんでしょ?
「はい。ぜひ、貴女に」
青年は笑顔でそれを渡した。
最高の笑顔だった。
きっと、その笑顔もずっと隠してたんでしょ?
たった一人のためにとっておいたとびきりの笑顔。私がもらっていいの?
「………ねえ、目が悪いから眼鏡してるの?」
「えっ、あっはい。そうですけど?」
「じゃあね___」
私は彼に近づいてその頬を優しく包み込んだ。
「外そう」