緋女 ~前編~
でも彼がいくら大人でも、その感謝が社交辞令とか礼儀とかそんなものじゃないことは分かっていた。
だから私は嬉しかった。
彼の孤独を少しでも埋められたことが、何だか嬉しい。
「こちらこそ。この大切な本読ませてくれたこと、嬉しかった」
「そうしたかったのは自分ですから」
その後の言葉を探す必要は、私にも彼にもなかった。
口数の少ない私たちだけど、言葉にはしなくてもこの時間を共有できたことに満たされているのを、お互いが感じあい知っていたのだ。
私は人の目を見てしゃべるのが少し苦手だったりするけど、彼とは何時間でもこうやって見つめ合える気さえした。
とてもゆっくりとした時間。
ぽたっと蝋燭が溶け出して落ちる。
「なぜ、蝋燭を使ってるの?」
私はその時思ったことを口にした。こんな何気ないどうでもいいような質問は、私たちの時間にあっている。
「この明るさが好きなんです」
そのシンプルな答えを私は気に入った。
彼らしい。
蝋燭の温かな色は、この部屋の主の彼によく合っている。
それから、我に返ったように彼は言った。
「すっかり暗くなってしまったので、話の続きは明日にでも。もちろん、貴女の都合が良ければ、ですが」
「うん、明日また来る」
私は彼と約束をした。
ショウとは約束なんていらない。けど、私とこの青年との間には約束をしてそれを守るという形が大事に思えた。
この約束に私は一つも不安を抱かなかったし、それは彼も同じだと思う。
いや、そうであって欲しいと思う。
「明日は、もっと早く来るからたくさん話そう」
そう言って私はわらった。実は知りたいことはもう知ってしまっていたけれど。
それでも彼に会いに行こうと思うのは、気づいたことがあったからだ。
そう、私は誰かの孤独な心を満たしてあげることが好きなのだと気づいた。
こんなこと言うとすごく傲慢だけど、きっとそうなんだ。
誰かに頼られるのが、必要とされるのが好きで、孤独な心をさらけ出してくれると、心を許してくれているみたいで、私も満たされる。
こんな私は知らなかった。
でも、それが私の自分勝手な正義の形なんだと思う。