緋女 ~前編~
『………婚約ですか?』
やっと出た声はかすれていた。妙に喉が乾く。
『そうだ。彼女の家柄から考えて当然だろう? まさか今まで考えたこともなかったとは言うまいな?』
『いっいえ、そのようなことは』
『なら、問題ないな?』
その低い声と僕と同じゴールドアイが射抜かれて、僕は慌ててうなずいた。
『そうか。明日の夜に彼女が帰還したかは分かるだろう。帰還の報告を受けたら、明後日のこの時間に来なさい』
『………分かりました』
ああ、僕はとても馬鹿なことをした。
無理なことを引き受けた。
最初に断るより、あとで出来なかった時の方が怖いことを知ってるのに。
それに家柄で言うなら本当はあの人がシュティ・レヴィアと婚約すればいいんだ。
仮の王子である僕なんかじゃなくて。
馬鹿な僕。
引き受けた瞬間からずっと、何をしててもこの失敗によって起こる悪いことを考えずにはいられなかった。夢にまで見たくらいだ。
昨日はその夢によって飛び起きた。それから他の事は手につかないと悟って、一日中彼女が還らないことを祈った。
それこそ普段は絶対に行かない礼拝堂に行ってみたり、本を漁って願いの叶うおまじない法を十種類ほど試して、ひたすら夜を待ったほどに。
でも、神も運命も僕のことが大嫌いなことをその時すっかり忘れていた___。
『シュティ・レヴィアが帰還したとのことですが、王子』
その報告に僕は一睡も眠れなかった。
明日が来なきゃいいと強く願った長い夜が、僕の意思に反して明けていく。
最悪な朝だ___。