緋女 ~前編~
やってきた約束の時間、僕は息をひそめていた。
「余はこの国シェイド・クラウンの王であり、シェイクラキャッスルの王である」
その声は隣の部屋で待機させられている僕にも聞こえてきた。
たぶん、聞かせるように言っているのだ。
その前にケイの声も微かにしたような気がするから、彼がシュティ・レヴィアの世話役兼教育係を任されたのは本当なのだろう。
となると、僕がシュティ・レヴィアと婚約する、というのも本気なのか………。
どこまでも往生際の悪い僕はこの期に及んでもそんなことを考えて、ため息をついた。
緊張しつつ、再度向こうの部屋の声に耳を傾ける。
僕が部屋に呼ばれて紹介される前に、何かが起こってシュティ・レヴィアが僕と会わないようにならないかな。
例えば、あの人が帰ってくるとか。
無意識に僕はそう思った。
「___君がシュティ・レヴィアだね」
国王陛下が彼女にそう問いかけている。
だが、珍しく心の砕いたしゃべり方は僕には違和感しかなかった。
息子の僕にだってそんな風に話をしてくださったことは一度もないのに___。
自然と手に力が入った。
誰にも必要とされてない。
誰にも愛されてない。
情けない自分が悪いことは分かっている。
それでも嫉妬せずにいられなかった。
そうやって何年間も歳の近い優秀なケイを避けて、父である国王の機嫌をうかがい生きてきた。
心がもう悲鳴を上げていることにはとっくに気づいている。影が日に日に弱っていって薄くなってるから。
いっそ空っぽの手なんか
見なくてすむように、
感じなくてすむように、
感情が全てなくなればいいのに。
でもどんなに願ったところで聞こえるものは聞こえるし、醜い感情は残る。
「私はシュティ・レヴィアではありません」
その言葉に見えた一筋の希望。それと不安。
早鐘を打ち始めた僕の胸の鼓動は沈黙した隣の部屋にまで届きそうだった。