緋女 ~前編~
何の覚悟もなかったが、せめてちゃんとしてるように見せようと背筋を伸ばす。
「失礼します」
そうドアの向こうに飛び込んだ僕。
一番最初に父親である国王陛下の顔を窺った。
一瞬だけこちらに視線をくれた国王陛下は、すぐに真正面を向き直る。
そこに愛はない
___はずだった。
「紹介する。………息子だ」
「__っ⁉」
その言葉に僕は戸惑う。
父には久しく“息子”と呼ばれていなかった。
「ほら、挨拶しなさい」
まるで小さな子を相手するような言い方。だけど、それも嬉しかった。
「はい」
さっきまでの心の暗雲が消えて今の状況を忘れたかの如く、何のためらいもなくシュティ・レヴィアを改めてかえりみた。
「はじめまして___」
次の言葉が出てこなかった。
その時の僕には、
彼女が舞い降りた女神のようにみえたんだ___。
惚けた僕を彼女の肩越しにこちらを見ているケイに気がついた時のはだいぶ遅かった。
「あっ………」
何か言わなければ。
自己紹介しなければ。
「あの、シュティ・レヴィア様___」
「___えっ。国王の息子ってことは王子様⁉」
僕が口を開いたと同時に驚きの声をあげた彼女。
「あっはい」
それ以上何も言えないでいると、彼女が不意に笑う。
「なら、敬語やめて下さい」
「すっすみません」
絶対赤いだろう顔を隠すものがない。
彼女はそれに気がついているだろうか、と焦る。
無表情な二人の視線が僕に刺さっている。
だが、次に言葉を発したのは僕でも彼女でもケイでもなかった。
「君には突然で申し訳ないがこの息子と婚約して欲しい」
そうやってなんの覚悟もない僕は、後戻りできないことを突然彼女に知られたのだ。