緋女 ~前編~
「いきなりごめんなさい」
国王陛下の執務室を出るなりめちゃくちゃに走った後だった。
そう言ってきた彼女は、僕の腕を拘束していた手を離す。
その言葉は今さらな感がだいぶするが、僕は一応首を横に振った。
「いえ」
その二文字の後が続かない僕。
だがそれが彼女は気に入らなかったらしい。
「でも、貴方と二人きりになりたかったの」
不機嫌そうな彼女は視線をさっきまでいた執務室の方角へ向けて、そう言った。
だが、そんな表情でさえさながら女神のような彼女のその言葉に、それ以上でもそれ以下でもないことを分かっていながらも、僕は戸惑った。
「あの、な、何か?」
辛うじて返事をすると、彼女はこちらに気もなさげに辺りを見回した。
「ねぇ、人のいないような場所ないかな?」
「えっと___、」
僕の自室?
いやいや、正式にまだ婚約したわけでもないのに、それはまずい。まずいぞ。
第一彼女の要らぬ誤解を招くかもしれない。
だけど、他に絶対人が入らないって………
「あっ………」
その思わず出た声に彼女が首をかしげて、僕の答えを待っている。
「あの、あります。そのお庭なんですが」
「庭ってこの城の? ………私がいた部屋から見えたかな?」
「どっどうでしょう。庭といっても色々あるんです。でもあそこはほとんど人が来ません」
「そう。じゃあ、案内してくれる?」
その言葉に僕は大きくうなずいた。
久しぶりに誰かの役に立っている気がして、こんな状況なのになんだか嬉しい。
だから僕は気づかない。
彼女がドレスの下の足を、履いたこともない高いヒールで走ったがために、引きずっていることに。