緋女 ~前編~

一方、執務室に取り残された二人は互いに顔を見合わせて苦笑した。

この二人のこんなところは誰も見たことがないだろう。

「なんでしょうね?」

「ああ、確かにあれは非女の娘だ」

「そうなんですか?」

「そうもなにもないぞ。あの、人の話を聞かないところなんか………そっくりだ」

思い出す陛下の瞳は優しい。それでいて悲しい。

「だが、あれは母親似だな」

「あれ以上に綺麗な方だったんですか?」

「そう。あの家独特の……神秘的な美しさというべきか? それは母親の方が上だな」

懐かしそうに言うこの国王を心底馬鹿だと思いながらも、聞かずにはいられなかった。

「前王陛下には………?」

努めて何気なく聞いたつもりだ。

なぜなら、その質問には何か勘づかれるかもしれない可能性があった。

国王の顔色を窺うとしばらくこちらを見つめた国王は言う。

「___どんな突拍子もない話でも、動揺しないところなんかは似ているな」

ため息のようなその言葉。

それは、ずっとその人と比べられてきた者が敵わないと諦めたような、そんな深さだった。

「………そんなに良い王でしたか?」

「それはあまり関係ない。私にとってはただの兄だ」

その一人称の変わり方は“ただの”兄とは言っていなかった。

「気になるか?」

不意に笑った瞳で国王が問う。

緊張が走った。

「いえ。陛下が懐かしそうな瞳をしていたので」

バレたか?

しかし、その言葉に陛下は笑った。
本当に今日は良く笑う。

「ケイ、お前も食えぬ奴だな」

「決してそのようなことは」

そう答えつつ、この国王の前に絶対の自信がなくなっていた。

静かな部屋。もうすぐ窓の外の太陽が沈む。

「昨日、非女が死んだということなんだろうな」

不意にそう呟いた国王。


「やっと、兄の想いが叶うな」


その瞬間、穏やかな顔をした国王を無性に殴りたくなった。


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