緋女 ~前編~
彼女を待つ人の夜に
彼女が帰ってきたのは、二つの太陽が東西に沈む直前だった。
池に浸かったはずなのに少しも濡れていないさらさらした長い白銀の髪。その髪と脇を固める影二匹に見え隠れする華奢な肢体。
こちらの目線に気づきもせず、苛烈な雰囲気の赤い鳥と妖しげな狼を引き連れた彼女に、色んな意味で衝撃を受けた。
でも結局勝ったのは、彼女の笑顔。
絵になるその光景に目を背けることも、声をかけることもできない。
「で、時間がないって何かあったの?」
彼女が影にそう訊くのが聞こえた。
「約束をしたじゃろう?」
「約束って?」
「王子との約束だ」
「あーっ‼」
今思い出したとでも言うような彼女の口調に俺は頭を押さえる。
同じ時間、同じ場所の約束。
そして、賭けとキス。
それを忘れているなんて、自分もあいつも不憫だな。
まあ、彼女にとってはそんなものどうでもいいのかもしれない。
ただ、都合の悪いことに俺が変な意識を彼女にし始めた。
これはよくない。ルールに反する可能性が出てくるからだ。
惚れたら最後、ゲームオーバー。
だいたい、彼女は俺の___いや関係ない。
「どうしようっ! どう考えたってもう間に合わない………」
いや、別にいいじゃないか。
俺とキスすれば。
腹立たしい気持ちを押し込めていると、やっと彼女はこちらに気づいた。
「ケイ、得意の魔法の出番。お願い」
そう言った彼女は自分が服を着ていないことを忘れているようだ。
それともわざと?
彼女が分からなくて、目をそらした。
「その格好で行くつもりですか?」