緋女 ~前編~
「………そんなことはない」
彼女に言われるとなぜかあまり自信がなくなるが、そう答えた。
そんな俺をじっと見つめてから、彼女は落ちていた服を拾う。
「着替えるから少し待って」
その言葉に今更ながらも完全に彼女に背を向ける。が、彼女が思い出したようにこう言った。
「そうだ。まだ紹介してなかった。ゴルとシルよ」
「………レヴィア様」
「なに? ネーミングセンスないって?」
あらかじめ予想していたようなため息混じりの声。首を横に振ろうとしたが、答えたのは彼女の影だった。
「影の名は容易に口にしてはならん、我が乙女」
「えっ、どういうことそれ?」
「名には力があるのじゃ。影は名を知るものに支配される。___まあ、そなたは別にいいか」
最後の呟きは俺に向けられた言葉だったが、その言葉は聞き捨てならない。
なぜ俺はいいんだ?
俺は彼女を利用する。必ず近いうち彼女の信頼を裏切る。
それに普通まだよく知らない奴に名を知られたら焦るだろ。馬鹿なのか?
それともなにか理由がある………?
分からない。当初は俺と同じ道を目指したライバルとして利用できると思っていたのに、何も知らずにこの世界に還って来たという彼女。
正直、狡猾な女だったら良かったのにと思った。
そしたら、この罪悪感みたいなものもなかったはずだ。
なんのためらいもなく、憎んで利用してやれた。
だが俺は何も知らず俺の禁域に踏み込む彼女をもう二回も殺しかけていた。昨日の今日だが殺そうと思った回数はもう分からない。
でも、笑ってなかったことにする彼女にほっとしたのも確かだ。
彼女を落としてかつての俺を取り返す。
その野望はまだ終わってはいないのだと再確認できた。
だがその一方で、彼女が俺の黒い部分を受け止めてくれているという錯覚に陥る自分がいた。
それは、___困るんだ。
「着替えた。早く行こう?」
彼女が後ろから声をかけてきたが、俺は思わず訊いてしまった。
「影が死ねば自分も死ぬんですよ、レヴィア様」
振り向いて、彼女の瞳を見る勇気は俺にはない。
それでも言わずにうやむやにはできなかった。
俺が問うのも変な話だった。
だが、そんな存在である影を俺に支配されていいのか?
暗にそんな疑問を含んだ彼女への問い。
影の意図は分からないが、彼女はきっと知らなかった。
だから、名を知られてもあまり動揺しないのだ。
さあ、今知ったんだから、俺に忘れろと言えばいい。そう言ってくれれば、俺は忘れたふりをして遠慮なく利用するしてやる。
しかし、そうじっと見つめる俺を彼女は予想を大きく裏切った。
「だから何?」
その言葉俺も思った。
だから、なんなんだろう?