緋女 ~前編~
俺が衝撃で何も返せずにいると、彼女はさも当たり前のように続けた。
「ケイに命握られてるなんて最初からじゃない?」
確かにそうなのだが___違う。
それとこれとは全く違う。
影の名を知られたということは、一生命を握られてるってことだ。
最初からとか関係ない。
これから先、
未来永劫、
彼女の命は俺のものだということなのだ。
「………ついでに言うと、自分の命は惜しくないわ。どんな世界でもいいことよりつらいことの方が多いの分かってる。それにずっと自分のこと死ねばいいのにって思ってたから」
俺の顔を覗きこんできた彼女の影ある暗い緋色の瞳。
そんな瞳でも俺を真っ直ぐ見る感情がどんなものか、分からないわけじゃなかった。
他人を前に諦めたふりして、諦めきれてない自分を嘲る。
究極に負けず嫌いだから、少しでも勝てないと思った勝負はしない。
俺はそういう臆病な自分を知っている。彼女も心の奥底は理解している。
だから時折どうしようもなく死にたくなるのだ。
でも___
「確かに生きてれば死にたくなるほど嫌なことが目に入る」
俺だってそういうのに囚われてここまできた。
かつての地位に返り咲くために、
恨みを晴らすために、
諦めきれないもののために。
「でも、いいこともある。俺にだってあった」
そう、それは血濡れた人生で唯一自分の力で手に入れたものではなく、本当に神様がくれたようなもの。
「いいことが?」
彼女は首を馬鹿にしたようにかしげるが、俺はその問いに真剣にうなずく。
彼女の顔ももっともで、無表情ともすると首を絞めてくる奴の台詞じゃない。だが俺は、それを見ながら本当に奇跡みたいなものだと思ったんだ。
「お前に出逢えた」
俺の口から呟かれたその言葉に彼女は目を見開いた。
「だから、お前にもいいことが一つくらい巡ってきてもいいと思ってる」