僕らはきっと、あの光差す場所へ
テニスコートと校庭の横にある自転車置き場。所狭しといろんな色の自転車が並んだその場所から、僕の自転車は一歩も動こうとしてくれない。……というか、ゆらゆらとバランスを崩してすぐに倒れてしまう。
「ちょっと春瀬! 女のコに向って重いはないでしょー?!」
「ちょ、ほんとに全然動かないんだけど」
「それは春瀬が運転ヘタすぎるの! もー、もしかして二人乗りとかしたことない?」
「……ないよ」
「あー春瀬って明らかに運動できなさそうだもんね。体育の授業いつもいないし」
「それとこれとは話が別だろ」
実際、僕は運動がまるで出来ない。中学の時から帰宅部だし、高校に上がってからは体育の授業にすら出ていない。なんとか筆記試験で単位をもらえているけれど。
それにしても、他人との会話ってこんなに疲れるものだっただろうか。誰かと最後に会話のキャッチボールをしたのはいつだっただろう。そんなことさえもう思い出せない。
すると突然、僕の腰に細い腕がまわった。汗ばんだシャツにピタリとくっついて、僕は思わず体をのけぞる。
「おいっ」
「いいから、しっかり重心とらえてもっかい漕いでみて」
ふざけたのかと思ったけれど、後ろから聞こえた橘の声がそうではなさそうだったので、僕はしぶしぶ言われた通りにペダルを足でしっかりと捉え、前へと押し出してみた。
すると、ゆっくりと僕の自転車が動き出した。まだフラフラとバランスは悪いけれど、自転車置き場の狭い通路をなんとか前へと進んでいる。
「あのね、2人乗りって重心捉えれば案外誰でもいけるんだよ。あとは、後ろに座った人間がどれだけうまく漕いでる方に合わせられるかなの」
橘の声が顔の後ろで響く。慣れているんだろうな、と思う。
唐沢隼人は部活はやっていないけれど運動神経がずば抜けていたし、体育の授業でもいつも目立っているのを僕はよく窓から眺めていた。そんな彼の後ろに、きっと橘は何度も乗っていたんだろう。
ゆるゆると動きだした僕の自転車は段々と軌道に乗って、校門前に伸びる長い坂を一気に滑り落ちた。橘の腕はしっかりと僕の腰にまかれている。
風が僕らの髪をさらって、セミの鳴き声と共に乾いた夏の匂いが鼻をくすぐった。