僕らはきっと、あの光差す場所へ
「……そろそろ行こう、時間がない」
何分かふたり並んで空を見上げたあと、腕時計の時刻を確認してから僕は上半身を起こした。背中についているだろう砂を落とそうとすると、同じように上半身を起こした橘が僕の背中に手を伸ばした。
「いいよ、はらってあげる」
汗ばんだカッターシャツとそこについた砂と土。躊躇いもせず橘の手のひらが僕の背中に触れて、さらさらといったりきたりする。
夏の暑さなのか、僕の心臓はドクドクと不規則な音をたてる。じわりじわり、こめかみを落ちてゆく汗と、背中から伝わる彼女の手のひらの温度は比例しているようでうまく息が出来ない。
「春瀬ってさあ」
突然かけられた声にビクリと心臓が跳ねたのを、僕の背中に触れた手のひらによって感じ取ったんだろう。橘はクスクス笑いだす。
「……なに」
「女子と関わったことなさそうだよね」
「……」
沈黙を肯定と受け取ったんだろう。橘はニヤニヤと笑って僕の背中をバンバンとたたく。
もう少しマシな反応が出来なかっただろうかと後悔する。確かに女子……どころか他人と関わったこと自体があまりないのだけれど、それをこんな風に笑い飛ばしてくる奴は今までいなかった気がする。橘は変わっているのかもしれない。というか、普通に失礼な奴だと思う。
「春瀬って変わってるよねえ」
僕の背中の砂を完全に落としてから、橘が立ちあがる。
変わっているのは確実に橘の方だと思うのだけれど、とりあえず何も言わずに僕は座ったまま立ち上がる橘を見つめた。太陽の光が橘によって遮断されて、視界が少し暗くなる。
「さ、ほら、行こう」
そう言いながら僕に笑顔を向ける橘の表情は、逆光でよく見えない。けれどたぶん、いつも唐沢を始めとするクラスメイトたちに振り巻いていたあの笑顔と同じ顔をしているんだろうな、と何故かそう思った。