僕らはきっと、あの光差す場所へ
セミの声をかき消すように数台の自動車が道路を走っていった。いつの間にか田んぼのあぜ道を抜けていて、コンクリートの道路脇を僕らはゆっくりと進んでいる。このまままっすぐに行けばまた山の方なのだけれど、正直唐沢がどこへ行こうとするのかなんて僕にはまったくわからなかった。
「何も考えてないよ。ただ、空が青くてセミの鳴き声がして、夏の匂いがするなあって、ただそれだけ」
後ろから時間差で聞こえてきた橘の声はひどく透き通ったように思えた。色で表すのなら限りなくブルーに近い透明のような、そんな。
僕が聞きたかったのはそんなことじゃない。どこに行きたいのか、唐沢はどこに消えたと思うのか。そういうことが聞きたかったのに、橘とはさっきから話が噛み合わないことばかりだ。他人と意思の疎通をするのはこんなに面倒くさいことだっただろうか。
「……橘と話してると疲れる」
「えっ、本当? なんで?」
「ていうかむしろ面倒くさい、おまえ」
「うわあ、ひっどいなあ……。春瀬ってほんとうにデレカシーない」
橘はすごく不思議な奴だと思う。僕は周りの状況を把握するのが得意で、いつも教室の一番後ろからクラスメイトたちをよく見ていたけれど、橘がこんな奴だとは思わなかった。
もっと頭の回転が速くて、気が利いて、誰よりも人の気持ちを汲み取るのがうまい奴だと思っていた。そういう人間だからこそ、周りに人が集まるんだろうとさえ思っていたんだ。
「……まあでも、夏のにおいは、するな」
緩やかな下り道になったおかげで僕は体の力を少し抜いた。それと同時に顎を幾分かあげてみると、軽い風によって夏のにおいがすん、と僕の鼻孔に入り込んでくる。このにおいが僕だけじゃなく橘も感じているんだと思うと、ほんとうに不思議でならないのだけれど、何故だか全部許してしまいたくなるのだ。