僕らはきっと、あの光差す場所へ
『……秋祭りの神社』
僕の後ろに乗っていた橘が突然そう言ったのは、もう田んぼに囲まれた僕らの学校が見えなくなった頃だった。
橘がどうしてここに来たいと言ったのかはわからない。唐沢隼人がこんなところにいるとは到底思えないけれど、彼女がここだとつぶやいたから僕は素直にそれに従った。
———正直言って、僕は唐沢隼人が見つかるだなんてこれっぽっちも思っていない。ただ、この〝捜す〟という行為が、恋人を失った橘の気休めになればいいと、そう思っているだけで。
「この木ね、桜なんだよ」
自転車を階段下に停めて登り始めると、橘が木々を見上げてつぶやく。鳥居まで続く距離は案外長く、ずっと自転車を漕いでいた僕の足は疲労困憊だ。
「へえ、そうなんだ」
「春は一面ピンク色なのに、今は全部みどり。なんだか不思議だよねえ」
花が咲いて、散って、葉が生える。それは僕らが生きている世界で当たり前のことなのに、橘のせいで僕も少しだけ不思議だと思ってしまった。
「それなら、秋にはオレンジとか茶色になるし、冬は葉さえつけてないだろ。自然ってそういうもんじゃん」
「でも、桜は花が咲いてないと桜だってわからないよ。現に今、わかってないし。夏の緑も秋のオレンジも桜のはずなのに、どうして私たちは桜をピンクだと思うんだろう」
そんなこと、僕に聞いたってわかるものか。
今生い茂っている緑たちが何なのかわからないけれど、桜の花を見たら僕らは本能的にそれが桜だとわかるだろう。それが何故かと聞かれたって僕に応えられるはずがない。どこか一面だけを知って、すべて知ったような気になる、それが人間っていうものだろう。
「……春の桜が一番、生き生きしてるからじゃないの」
「生き生き?」
「人間だってそうだろ。一番輝いてるときに、人は惹かれるもんだろ」
「えー、そうかなあ」
少し頬を膨らませながら橘が僕を追い越して階段をのぼっていく。揺れるポニーテール。僕が貸したカーディガンを、この暑いのに律儀にちゃんと腰に巻いている橘はやっぱり人がいいんだろう。
「そうかなあ、ってなんだそれ」
「だって、誰かが苦しくてたまらないとき、……逃げ場がなくて泣いているとき、寄り添いたいと思うこともあるでしょ?」
ドクン、と。僕の鼓動がひとつ大きく、跳ねた。
先を行く橘の表情は見えない。変わらない足取りでひとつひとつ段差をのぼっていく。彼女のローファーは石にこすれてカツン、と音をたてる。
「……輝いているときに惹かれるのは、幻想かもしれないね」
まだら模様の影が彼女を覆って、閉じ込めた。……ような気が、した。