僕らはきっと、あの光差す場所へ
小学生の頃。運動場へ、先頭を切って駆け出していく、その誰かの背中を僕は何度見送ったことだろう。教室の片隅で興味のない本を開きながら、何度窓の外へと視線を向けただろう。
「……春瀬は?」
「え?」
「春瀬は、どんな子供だった?」
橘が再び顔を上げで僕を見た。その視線は鋭くて、まるで僕自身を射抜いてしまうようだと思う。
「どんな、って…」
「今と同じだった? 勉強がすきだった? どんな遊びをしてた?」
「なんだそれ……どうでもいいだろ、そんなこと」
「どうでもいい、かなあ」
なんとなく手持ち無沙汰で、色あせたカーテンを開けて薄汚れた窓に手を添える。林の中、差し込む光はちょうどいい。蒸し暑さを打ち消すように窓を開けてみると、そとの熱気と共にセミの声が室内に舞い込んできた。
「セミの声、すごいね」
「こんなに木に囲まれてるからな」
橘に背を向けて窓の外を眺めているからか、それ以上言葉を発しようとしない彼女に幾らかの不安を抱く。
ああ、そうか。朝からずっと橘がしゃべりかけてくれていたから、沈黙に慣れていないんだ、僕は。
「なあ、」
「春瀬って本当は、隼人のことよく見てたよね」
せっかく発した僕の声は呆気なく橘の高い声にかき消されてしまった。タイミングが悪いとはこのことだ。
自分の声を消されたことで一瞬彼女の言葉を見失いかけたけれど、少ししてから意味を捉え直して我に帰る。振り向くと、真剣な目をした橘が僕をまっすぐ見ていた。
「……は?」
「本当はいつも、隼人の背中、目で追ってたでしょ」
「……何、言って」
「ねえ、春瀬、どう思う?」
「……」
「ねえ、どうして、隼人が消えたと思う?」
いつもゆるんだ橘の唇は固く結ばれ、瞳は真っ直ぐ僕を射抜いていた。氷のように冷たいようで、あの太陽光のように突き刺さってくる。その視線から逃げることなんか出来るわけがなかった。
うろたえた僕は何も言葉を返すことができない。かろうじて出かかった言葉は唾と共に飲み込んだ。
___『どうして唐沢隼人が消えたのか』
僕が知るわけがない。何も知らない。何も関係ない。あいつと僕は他人で、僕にとってあいつはただのクラスメイトだった。そして、あいつにとって僕は、根暗なクラスメイト程度の存在だったに違いない。
関係なかった。正反対だった。僕と唐沢隼人を繋ぐものなんて何もなかった。
「ふ、はは」
沈黙が続いた部屋の中、セミの声にかぶせて突然、橘千歳の笑い声が響いた。視線を挙げた先には、いつものように笑う橘の姿がある。
「ははっ、もう、本気にしないでよ。ねえ春瀬。……疑われるって、案外腹立たしいし哀しいでしょ?」