僕らはきっと、あの光差す場所へ
ぎゅっと握り締めた拳しからスッと力が抜けていく。橘はケラケラと笑って僕を見る。でもわかる。その笑顔の中にほんの少し、悲しさが滲んでいることが。
「......ごめん」
「はは、春瀬ってば、真剣な顔しちゃって。隼人と関わりなんてなかったくせに、おっかしいの」
「......うるせーよ」
ねえ、こっち来てよ、と橘がもう一度空いた右側のソファを手で叩く。僕はもう躊躇わずにそこへ足を進めて、橘の横へと腰を下ろした。案外柔らかくて、疲れている体ごと吸い込まれるように沈んでいく。
「ね、さっきの話しようよ」
「さっきの話?」
お互いソファに身を任せる。疲労からか僕の瞼は一瞬で重くなって、そのまま目を閉じた。手を伸ばせば届く距離に居る橘の存在を左側で意識しながら。
「春瀬はどんな子供だった?」
「まだ子供だよ」
「もー、そういう屁理屈はいいから!」
「どんなって、普通。今と変わんないよ。根暗で友達がいない、そんな奴」
「友達いなかったの?」
「うるせえなあ、いいだろ別に、いなくたって」
「ははっ、じゃあさ、わたしが一番だね」
「一番?」
「うん。春瀬の友達第一号。どう? 私じゃ春瀬の一号には勿体無いかなー?」
ケラケラと笑う橘の考えていることは全くもって意味がわからない。突拍子もない、きっと意味もない。友達一号、なんだそれ。
「......知らない」
えー、と隣で橘が甲高い声を出す。一度閉じた目を開けるのには勇気がいる。
友達、という響きが自分に向けて降ってくることが、僕の人生の中で今後あるだろうか。冗談でも、意味がなくても、ただ、今日一日限りだとしても。
ああ、本当に、不覚だけれど。
お腹のあたりがなんだかむずがゆいような、喉の奥がかゆいような、変な感覚だ。僕は単純なのかもしれない。いや、きっと、単純なんだろう。橘千歳に関わるまで知らなかった。
友達なんて言われて喜ぶような、まるで小学生みたいな奴になりたくないって、思っていたはずなのにな。