僕らはきっと、あの光差す場所へ
「……ごめん、なんか懐かしくなっちゃって。時間の無駄だよね。行こう」
「ああ……」
長いようで短い沈黙をやぶったのは透き通った橘の声だった。半分笑いながら立ち上がって、また両手を上へとのばす。
「……ごめん」
「え、何が?」
「……色々」
なにそれ、意味わからないのー、と無邪気に橘が笑うから、余計に息苦しくなってくる。
何もしてやれない。何もできない。相手の気持ちも、自分の思いもよくわからない。僕ほど無力な人間が、他にいるだろうか。
「さ、春瀬、行こう。行きたい場所あったんだ、わたし」
行きたい場所———初めて自分からそう言った橘の声は清々しい。さっきまでソファをなでていた背中は幻なんじゃないかと思うほど。
それでいて、瞳は心なしか潤んでいたのを僕は見逃さなかった。僕に背中を向けている間に、必死に涙を、こらえていたのかもしれない。
———唐沢隼人はどうして、消えたのだろう。
当たり前のようで、何度も頭の中で打ち消した疑問が沸々と湧いてくる。橘千歳を残して、どうして、消えてしまったのだろう。
彼に消える必要なんて、理由なんて、どこにも、この世界のどこにだって存在していないはずなのに。
消えていいのは僕みたいな人間のはずなのに。消えたのが僕だったなら、橘に涙を流させることなんて、なかったはずなのに。