僕らはきっと、あの光差す場所へ
「えー、毎日?」
「毎日」
「そんなに毎日勉強して本読んで、楽しい?」
それはきっと、橘千歳という人間にとって純粋な疑問だったのだろう。
いつも人に囲まれて、クラスの中心にいるような橘や唐沢には僕の思いなんてきっとわらないし、勉強することでしか自分の存在意義を見出せない僕なんかの気持ちが、わかるはずがない。それはしょうがないことで、当たり前のこととさえ思う。
「楽しいっていうよりは、義務だから」
「義務?」
「勉強しないと、自分がいていいのかわからなくなる」
何を言っているのだろう、と。橘もキョトンとした顔で僕をみている。自分でも、どうしてこんな風に言葉が勝手に口をついてしまうのかわからなかった。
「……家にはすぐ帰らないんだ?」
「父さんがいるから」
「ふうん……」
それ以上深く突っ込むのは悪いと、さすがの橘でも察したのだろう。バシャバシャと水面を再び足で蹴りながら、僕の方へと円を描く波を寄せてくる。
「すごいね、春瀬は。義務だからって勉強するなんて、私にはできないな」
「……でも橘、そんなに成績悪くないだろ」
「英語だけね。それ以外は全然だよー」
そういえば、橘の好きな教科は英語だったな。昼にその話になったとき、一番の得意科目だと言っていた気がする。
「英語好きって意外だよな」
「ははっ、よく言われる! 顔立ちも純日本人だしね」
目が大きくて二重の橘はハッキリした顔立ちをしているけれど、確かに外人というよりは日本美人という顔だと思う。のばされた綺麗な黒髪と細くてスラッとした体型。テニス部のせいで焼けてしまっているけれど、きっと元は透き通るように白い肌をしているんじゃないかと思う。
「別にそういうことじゃないけど……。なんとなく、橘ってなんでも卒なくこなすイメージだから、特別英語が好きっていうのは意外だった」
「ははっ、さすが春瀬、よく見てるなあ。確かに私も隼人も、基本なんでも平均的にこなすタイプだと思う。自分で言うのも変な話だけど」
ザブ、ザブ。大きな音を立てて、橘がこちらへ歩いてきたのだけれど、揺れる水面に小魚が映っているのを見て立ち止まった。
「なんていうか、英語ってすごいじゃない? 今まで会話もできなかった人たちとコミュニケーションがとれるようになるの。それってすごいなあって、単純だけどそう思うんだよね」