僕らはきっと、あの光差す場所へ



 肩で息をしながら、小屋へ入った途端二人とも座り込んだ。僕は右側、橘は左側の壁へとなだれこむ。

 ボタボタと滴る雫が傷んだ床にシミをつくって吸い込まれてゆく。シャツの胸元を掴んでバタバタと仰いでみせるのだけれど、どうにも気持ちが悪い。全身ずぶ濡れだ。

 ザーザーと鳴りやまない雨の音と、雨粒が屋根をたたく音が部屋中に響く。昼間あれだけ鳴いていたセミたちはどうしたのだろう。


「もう……春瀬がいきなり走り出すから」

「……追いかけてくる方が悪いだろ」

「追いかけるに決まってるじゃん! だいたい逃げるなんてサイテイだよ。春瀬の馬鹿野郎」


 逃げたと言われるのは癪だけれど、その通りだから何も言い返すことが出来ない。

雨に濡れた前髪を必死に右手で整えるのだけれど、濡れてしまったせいで顔が隠せない。橘だけには絶対に、絶対に見られたくないと思っていたのに。

 そんな僕の動作に気づいたのか、橘がゆっくりと僕の方へと近づいてきた。顔をあげられないせいでハッキリとはわからないけれど。


「……もういいよ、隠さなくて」


 彼女の細くて長い指が、僕の額にそっと触れた。

驚いて反射的に顔をあげてしまう。目の前にあった橘の顔はひどく悲しそうな目をしていた。

僕の額に触れた彼女の指がそっとそのまま僕の前髪を寄せた。露になる僕の目を、彼女の瞳がしっかりと捉える。その瞬間、触れている指先に力がこもってゆっくりと離れていく。その指先が震えていたのを僕は見逃さなかった。昼間ソファをなぞっていた時と同じだ。


橘はあの時も、こんな顔をしていたんだろうか。


「……ごめんね、春瀬。ほんとうに、ごめん……」


至近距離で見つめあう僕らには、雨の音しか聞こえない。互いの心臓の音も、呼吸の音も、聞こえているようでどこか意識の外だった。震えた橘の声は、僕のすべてをナイフで削り落としてしまいそうだった。



「……やっぱり、似てる。……隼人に」



———それは僕が長い前髪で周りの人間を隔てた最大の理由であり、彼と僕の唯一と言っていい"繋がり"だった。


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