Winner
店内に漂う香ばしい匂い。
鉄板焼きにひとりで来られるようになったとは、私のお1人様レベルもなかなかのものだ。
子連れだったら、目の前に熱い鉄板があるこのお店は避けると考えての選択だけれど。
お昼は総菜パンを1つ食べただけだったのを思い出したら、お腹がきゅるると鳴った。

店内はほどほどに混んでいて、カウンター席に案内された。
右隣は初老のご夫婦らしい。お正月に帰省してくる息子夫婦と孫の話で盛り上がっていた。
左隣はかなりお疲れの様子が見られる男性。ずっと下を向いてうとうとしている。
私は注文を済ませてからまた男性を見た。

もしかして、すっかり眠りこんでしまっている?
焼きたての和牛とフォアグラが、彼のお皿に盛りつけられた。それでもまだ気づかない。
迷ったが、起こしてみることにした。

「あの……お料理、冷めちゃいますよ」
声を掛けてみたが、起きる様子がない。仕方なく彼の右肩をぽんぽんと触ったところで、頭がぴくりと動いた。

「……あっ! すいません。俺、寝てた?」
驚いた声のあと、私を覗き込んでゆっくりと尋ねる声は、寝起きのせいかちょっと掠れていた。
「はい。少しの間ですけれど」
「あー、やっちゃった。若い頃は徹夜明けでも余裕で飲みに行けたのになー」
首を左右に振って、肩を上下させている。ツイードのジャケットが似合う大人の男性、と観察してしまうところが我ながらちょっと恥ずかしい。
徹夜明けで疲れ果て、自分はあまり若くないと思ってしまうお年頃らしい。指輪はない。

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