夢のひと時
「雛、そこ、作家の三上猛がいる! 席から全然見えなかった」
「嘘、『午後の消滅』の三上猛?  奈美、なんで顔知ってるの?」

声は抑えていてもかなり興奮している。

「この前の授賞式で初めてメディアに顔出したの知らないの?」
「知らない。そんな情報どこに出てたの。というか私も見たい。どこ?」

三上猛といえばデビュー作『午後の消滅』から最新作『純水の音色』まで全作愛読している。緻密なストーリーと細やかな心理描写、そして美しい文章で、私達の心を掴んで離さない注目の作家だ。学生時代に奈美と仲良くなったのも三上猛の小説がきっかけだった。

「ほら、そこ。スーツじゃないほう」

奈美が示した先は、すぐ近くなのに壁が死角となって私達の席からは見えにくい場所だった。

少し身を乗り出た時「えっ」と漏らしてしまい慌てて口を押さえる。

そこにいたのはスーツの男性ともうひとり、奈美が三上猛という人物。だけど私の目に映る彼が三上猛だとは思えない。だって私の知っている限り、彼は神崎先輩なのだから。

待って、どういうこと?

見つめたまま混乱していると、彼がこちらを向く気配がしたので、慌てて身体を元に戻す。

「見えた? 意外に若いよね。同世代くらいかな。ん、雛どうし」

奈美の言葉が不自然に止まったので様子を見るため顔を上げると、彼女は横を見て固まっていた。その視線の先、私達の席の前に、神崎先輩が立っていた。
< 4 / 9 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop